氷島(萩原朔太郎)のあらすじ・登場人物
文語で歌う漂泊者の孤独
- 文字数
- 7,756字
- 読了目安
- 約16分
- 表記
- 旧字旧仮名
この作品について
1934年(昭和9年)6月に第一書房から刊行された萩原朔太郎の後期の詩集。口語自由詩の『月に吠える』『青猫』から一転して、漢文調をまじえた文語体で書かれている。自序では「詩的情熱の素朴純粋な詠嘆」をめざしたと述べ、妻との離別、二児を連れての帰郷、孤独な都会暮らしといった実生活の記録としても読めると記す。冒頭の「漂泊者の歌」をはじめ、故郷前橋を歌った「郷土望景詩」の再録も収める。
あらすじ
巻頭に自序があり、著者は自らを「永遠の漂泊者」、魂を切り裂く「氷島の風」の吹くなかを流される氷山になぞらえる。詩は「漂泊者の歌」で始まる。「日は断崖の上に登り/憂ひは陸橋の下を低く歩めり」と、家郷を持たない寂しい影が呼びかけられる。続く「遊園地にて」は、遊園地の模擬飛行機の座席に寄り添いながらも、傍らで思惟するものは寂しいと歌う。「乃木坂倶楽部」では、アパートの五階の洋室で寝台に眠る冬の暮らしが、酒場に酔う昼の姿とともに描かれる。「帰郷」には「昭和四年の冬、妻と離別し二児を抱へて故郷に帰る」という詞書があり、汽車で上州へ向かう夜の心境が歌われる。後半には故郷前橋の「波宜亭」「家庭」「珈琲店 醉月」などが並び、巻末の小解で「郷土望景詩」の再録と制作事情が説明される。
冒頭部(原文より)
自序 近代の抒情詩、概ね皆感覺に偏重し、イマヂズムに走り、或は理智の意匠的構成に耽つて、詩的情熱の單一な原質的表現を忘れて居る。却つてこの種の詩は、今日の批判で素朴的なものに考へられ、詩の原始形態の部に範疇づけられて居る。しかしながら思ふに、多彩の極致は單色であり、複雜の極致は素朴であり、そしてあらゆる進化した技巧の極致は、無技巧の自然的單一に歸するのである。藝術としての詩が、すべての歴史的發展の最後に於て、究極するところのイデアは、所詮ポエヂイの最も單純なる原質的實體、即ち詩的情熱の素朴純粹なる詠嘆に存するのである。(この意味に於て、著者は日本の和歌や俳句を、近代詩のイデアする未來的形態だと考へて居る。)
「氷島」萩原朔太郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
郷土望景詩(再録) 郷土望景詩五篇、中「監獄裏の林」を除き、すべて前の詩集より再録す。「波宜亭」「小出新道」「廣瀬川」等、皆我が故郷上州前橋市にあり。我れ少年の日より、常にその河邊を逍遙し、その街路を行き、その小旗亭の庭に遊べり。蒼茫として歳月過ぎ、廣瀬川今も白く流れたれども、わが生の無爲を救ふべからず。今はた無恥の詩集を刊して、再度世の笑ひを招かんとす。稿して此所に筆を終り、いかんぞ自ら懺死せざらむ。
「氷島」萩原朔太郎(青空文庫)
名文
わが故郷に歸れる日 汽車は烈風の中を突き行けり。 ひとり車窓に目醒むれば 汽笛は闇に吠え叫び 火焔は平野を明るくせり。 まだ上州の山は見えずや。 夜汽車の仄暗き車燈の影に 母なき子供等は眠り泣き ひそかに皆わが憂愁を探れるなり。
妻と別れ、二人の子を連れて郷里の前橋へ帰る夜汽車を詠んだ萩原朔太郎「帰郷」の冒頭。荒涼とした文語調で、都を逃れてゆく人生の寂寥を描く。
原文を読む
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