萩原朔太郎の名文

萩原朔太郎の作品から、よく知られた一節を集めました。

8件

月に吠える

光る地面に竹が生え、 青竹が生え、 地下には竹の根が生え、 根がしだいにほそらみ、 根の先より繊毛が生え、 かすかにけぶる繊毛が生え、 かすかにふるえ。

詩集の代表作「竹」の第一連。地下の根から地上へ突き上がる竹の生命力を、同じ語の反復だけで研ぎ澄ませた。

まつくろけの猫が二疋、 なやましいよるの家根のうへで、 ぴんとたてた尻尾のさきから、 糸のやうなみかづきがかすんでゐる。 『おわあ、こんばんは』 『おわあ、こんばんは』 『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』 『おわああ、ここの家の主人は病気です』

詩「猫」の全編。屋根の上で交わされる猫の鳴き声を会話のように写し取った擬音が、不気味でありながら愛嬌もある。口語自由詩の新しさを示した『月に吠える』の代表的な一篇。

蛙が殺された、 子供がまるくなつて手をあげた、 みんないつしよに、 かわゆらしい、 血だらけの手をあげた、 月が出た、 丘の上に人が立つてゐる。 帽子の下に顔がある。

詩「蛙の死」の全編。無邪気な子供たちの「血だらけの手」と、丘の上に立つ人影とが並べられ、ありふれた風景が不気味な幻想へと変わる。

詩は神秘でも象徴でも鬼でもない。詩はただ、病める魂の所有者と孤独者との寂しいなぐさめである。

詩集の自序の一節。詩を神秘や象徴の技巧から解き放ち、病める魂と孤独な者の慰めと言い切った言葉は、朔太郎の詩の出発点を示すものとして引かれる。

青猫

ああ このおほきな都會の夜にねむれるものは ただ一疋の青い猫のかげだ かなしい人類の歴史を語る猫のかげだ われの求めてやまざる幸福の青い影だ。

詩集の表題作「青猫」から。華やかな都会への憧れを歌ったあとに現れる、夜の都会に眠る青い猫の影。憂鬱と幸福への渇きが一つの像に重ねられている。

純情小曲集

ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し

「旅上」の書き出し。行けないと知りながら憧れを口にし、せめて新しい背広で汽車に乗ろうという、口語自由詩の軽やかな名句。

氷島

わが故郷に歸れる日 汽車は烈風の中を突き行けり。 ひとり車窓に目醒むれば 汽笛は闇に吠え叫び 火焔は平野を明るくせり。 まだ上州の山は見えずや。 夜汽車の仄暗き車燈の影に 母なき子供等は眠り泣き ひそかに皆わが憂愁を探れるなり。

妻と別れ、二人の子を連れて郷里の前橋へ帰る夜汽車を詠んだ萩原朔太郎「帰郷」の冒頭。荒涼とした文語調で、都を逃れてゆく人生の寂寥を描く。

猫町

猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫。どこを見ても猫ばかりだ。

迷い込んだ美しい町が、一瞬にして猫の群れに埋めつくされる場面。方向感覚の狂いがもたらす幻視を、言葉の反復によって目に見えるように描き出した一節。

この作家について

萩原朔太郎