日本の庭(室生犀星)のあらすじ・登場人物
庭は教養を匿した芸術
- 文字数
- 2,407字
- 読了目安
- 約5分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
室生犀星が庭づくりについて書いた随筆。庭は純日本的な美しさの最も高いものだと説き、庭をつくる人には陶器や織物、料理、茶、香道などあらゆる教養が求められると語る。庭づくりを熱心にした作家ならではの見方がうかがえる。青空文庫の底本には1943年(昭和18年)の「日本の庭」とある。
あらすじ
書き出しは「純日本的な美しさの最も高いものは庭である」。庭は知恵をうずめ、教養を匿して、上に土を置いて誰にもわからなくしているという。小堀遠州や夢窓国師は庭の学者であり、名もない庭作りの市井人が刻苦してつくった庭にも匿された教養があるとする。庭づくりは、陶器、織物、絵画、彫刻、料理、木地、茶、香道へとつながるため、人物ができていなければ庭の中へはいってゆけないと述べる。結びには山中での思い出が置かれ、剪ろうとして行った枝のどん栗が子供のいたずらで一粒残らず取られており、人気のない山中でくやしく唇を噛んだ、という話で終わる。
冒頭部(原文より)
純日本的な美しさの最も高いものは庭である。庭にはその知恵をうずめ、教養を匿して上に土を置いて誰にもわからぬようにしている。遠州や夢窓国師なぞは庭の学者であった。そうでない名もない庭作りの市井人が刻苦して作ったような庭に、匿された教養がある。
「日本の庭」室生犀星(青空文庫)
末尾部(原文より)
ある朝、もうそろそろ剪ってもどろうと、鋏を用意して行って見ると子供のいたずららしく、どん栗はり取られて一粒もあとを止めなかった。私は枝を見間違えたかと思ってさがして見たが、やはり子供がり取って行った枝であった。茫然として人なき山中にくやしく私は唇を噛んだのである。 (一九四三年「日本の庭」)
「日本の庭」室生犀星(青空文庫)
原文を読む
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