白樺派とは
- 分類
- 文芸思潮
- 読み
- しらかばは
明治43年(1910年)創刊の同人誌「白樺」に拠り、人道主義・理想主義・個性の尊重を掲げた一派。学習院出身の武者小路実篤・志賀直哉・木下利玄・柳宗悦らが中心となり、社会の底辺や人間の暗部よりも、自己の内面と個性を素直に肯定し、人類愛や生命の躍動を高らかにうたう作風を特色とした。武者小路は楽天的な自己肯定と人類愛を説き、大正7年(1918年)には宮崎県に「新しき村」を開いて理想の実践を試みた。志賀は強い自我と鋭い感覚に支えられた簡潔な文体で、のちに「小説の神様」と呼ばれる。有島武郎はやや遅れて同人に加わり、北海道の大地に生きる人間の野性を描いた『カインの末裔』(大正6年)や、近代女性の自我と情熱を描いた大作『或る女』(大正8年)で白樺派を代表する重厚な作品を残したほか、童話『一房の葡萄』(大正9年)のような児童文学も書いたが、大正12年(1923年)に人妻との心中で自ら生涯を閉じた。長与善郎の『青銅の基督』(大正12年)や、周辺の詩人千家元麿の口語詩もこの流れに連なる。ロダンや後期印象派の紹介を通じて美術界にも影響を及ぼした。理想主義的な人間肯定は自然主義の暗い人生観や耽美派の退廃美とは対照的で、大正期の文壇に清新な気風をもたらし、のちの人道主義文学にも影響を残した。