一房の葡萄(有島武郎)のあらすじ・登場人物
舶来の絵具と少年の胸の痛み
- 心理
- 文字数
- 6,340字
- 読了目安
- 約13分
- 表記
- 新字新仮名
- 舞台
- 神奈川県
この作品について
有島武郎が1920年(大正9年)、鈴木三重吉主宰の児童雑誌「赤い鳥」に発表した童話。舞台は横浜の、西洋人の多く住む町にある学校。絵を描くのが好きな少年「僕」は、同級生のジムが持っている舶来の絵具が欲しくてたまらない。出来心から起こした行いが、子どもの心に重い痛みを残す。事の次第を回想する澄んだ語り口で、少年期の感情の揺れを細やかに写している。白樺派の有島の代表的な児童文学で、長く教科書に採られてきた。
あらすじ
横浜の山の手にある学校に通う絵の好きな「僕」は、級友の西洋人の少年ジムが持つ舶来の絵具――とりわけ美しい藍と洋紅の二色がほしくてたまらない。思いつめた僕は、昼休みの人気のない教室で、ジムの絵具箱からその二色をそっと盗み出してしまう。休み時間に僕は級友たちに問い詰められ、ポケットから絵具を見つけられる。泣き出した僕は、受持ちの西洋人の女先生のもとへ連れて行かれる。先生は僕を叱らず、静かに二階の部屋で休ませ、葡萄の一房をもいで持たせてくれた。先生が授業から戻ると、ジムを連れて来て、二人に握手を促す。にこにこと二人を迎えた先生は、また葡萄の房をもいで、真白い手のひらで半分に切り、ジムと僕とに分け与える。過ちを犯した子どもを罰するのではなく、やさしさで包み込んだあの先生の面影と、白い手のひらに乗った紫の葡萄の美しさを、僕は大人になった今もはっきりと思い出す――しみじみとした追憶のうちに、幼い日の心の痛みと赦しが描かれる。
登場人物
- 僕 横浜の山の手の学校に通う、絵を描くのが好きな少年。ジムの絵具ほしさに出来心から盗みを犯してしまう
- ジム 僕の級友の西洋人の少年。上等な舶来の絵具を持っている。翌日は僕を迎えに来て仲直りする
- 先生 僕の受持ちの西洋人の女の先生。盗みを犯した僕を叱らず、葡萄を分け与えてやさしく包み込む
冒頭部(原文より)
僕は小さい時に絵を描くことが好きでした。僕の通っていた学校は横浜の山の手という所にありましたが、そこいらは西洋人ばかり住んでいる町で、僕の学校も教師は西洋人ばかりでした。そしてその学校の行きかえりにはいつでもホテルや西洋人の会社などがならんでいる海岸の通りを通るのでした。通りの海添いに立って見ると、真青な海の上に軍艦だの商船だのが一ぱいならんでいて、煙突から煙の出ているのや、檣から檣へ万国旗をかけわたしたのやがあって、眼がいたいように綺麗でした。僕はよく岸に立ってその景色を見渡して、家に帰ると、覚えているだけを出来るだけ美しく絵に描いて見ようとしました。けれどもあの透きとおるような海の藍色と、白い帆前船などの水際近くに塗ってある洋紅色とは、僕の持っている絵具ではどうしてもうまく出せませんでした。いくら描いても描いても本当の景色で見るような色には描けませんでした。
「一房の葡萄」有島武郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
そういって、先生は真白なリンネルの着物につつまれた体を窓からのび出させて、葡萄の一房をもぎ取って、真白い左の手の上に粉のふいた紫色の房を乗せて、細長い銀色の鋏で真中からぷつりと二つに切って、ジムと僕とに下さいました。真白い手の平に紫色の葡萄の粒が重って乗っていたその美しさを僕は今でもはっきりと思い出すことが出来ます。 僕はその時から前より少しいい子になり、少しはにかみ屋でなくなったようです。 それにしても僕の大好きなあのいい先生はどこに行かれたでしょう。もう二度とは遇えないと知りながら、僕は今でもあの先生がいたらなあと思います。秋になるといつでも葡萄の房は紫色に色づいて美しく粉をふきますけれども、それを受けた大理石のような白い美しい手はどこにも見つかりません。
「一房の葡萄」有島武郎(青空文庫)
名文
僕は小さい時に絵を描くことが好きでした。
絵を描くことが好きだった少年時代の回想から始まる。盗みの罪と赦しを描く、教科書でも親しまれた童話。
秋になるといつでも葡萄の房は紫色に色づいて美しく粉をふきますけれども、それを受けた大理石のような白い美しい手はどこにも見つかりません。
結び。盗みを赦し葡萄を分けてくれた先生の白い手が、秋ごとに色づく葡萄とともに思い返される。
原文を読む
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