南京の基督(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
南京の少女の信仰
- 心理
- 文字数
- 9,940字
- 読了目安
- 約20分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
芥川龍之介が1920年(大正9年)、「中央公論」に発表した短編小説。清朝末期の南京を舞台に、幼くして親を失い、生きるために身を売る少女・宋金花の暮らしと、その清らかな信仰を描く。悪い病を得ながらも、外国人客には病をうつすまいとかたくなに拒む金花のもとに、ある夜、十字架の基督によく似た一人の外国人が現れる。異国情緒ゆたかな場面に、無垢な信仰と皮肉な視線が重なる一編。
あらすじ
清朝末期の南京。宋金花は、幼くして親を失い、生きるために身を売って暮らす十五、六の少女である。敬虔なキリスト教徒だった彼女は、粗末な部屋の壁に十字架の基督の絵をかかげ、つましくも清らかな信心を守っていた。ある時から金花は悪い病にかかってしまうが、外国人の客に身をまかせれば病を他人にうつしてしまうと信じて、どんなに金を積まれてもかたくなにそれを拒みつづける。病がなおるまで客を取るまいと心に決めた金花のもとへ、ある秋の夜、十字架にかけられた基督によく似た顔立ちの、一人の外国人がやってくる。言葉は通じないながらも心を通わせた金花は、これはきっと基督さまが姿を変えて自分を救いに来てくださったのだと信じ、その夜を過ごす。翌朝、男の姿は消えていたが、金花の悪い病は不思議なことにすっかり癒えていた。金花は晴れ晴れと顔を輝かせ、あれはやはり生き身の基督さまだったのだと、少しも疑わずに信じている。のちにこの町を再び訪れた一人の日本人の旅行家は、その「基督」の正体が、悪性の梅毒を病んで女を捨てて去り、やがて発狂したという無頼な混血の外国人であったことを知っていた。だが彼は、金花の美しい夢をあえて壊そうとはしなかった――。無垢な魂に宿る信仰と、その背後にひそむ皮肉とを、芥川が異国情緒ゆたかに描いた一編である。
登場人物
- 宋金花 南京で身を売って暮らす十五、六の少女。敬虔なキリスト教徒で、病を他人にうつすまいと客を拒む
- 外国人の男 基督によく似た顔立ちの客。金花は基督の化身と信じるが、その正体は梅毒病みの無頼な混血の外国人だった
- 日本人の旅行家 後日、金花を訪れて「基督」の正体を知るが、彼女の夢を壊すまいと沈黙する
冒頭部(原文より)
一 或秋の夜半であつた。南京奇望街の或家の一間には、色の蒼ざめた支那の少女が一人、古びた卓の上に頬杖をついて、盆に入れた西瓜の種を退屈さうに噛み破つてゐた。 卓の上には置きランプが、うす暗い光を放つてゐた。その光は部屋の中を明くすると云ふよりも、寧ろ一層陰欝な効果を与へるのに力があつた。
「南京の基督」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
金花の話が終つた時、彼は思ひ出したやうに燐寸を擦つて、匂の高い葉巻をふかし出した。さうしてわざと熱心さうに、こんな窮した質問をした。 「さうかい。それは不思議だな。だが、――だがお前は、その後一度も煩はないかい。」 「ええ、一度も。」 金花は西瓜の種を噛りながら、晴れ晴れと顔を輝かせて、少しもためらはずに返事をした。
「南京の基督」芥川龍之介(青空文庫)
原文を読む
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