マスク(菊池寛)のあらすじ・登場人物
文明人としての勇気
- 心理
- 社会
- 文字数
- 4,275字
- 読了目安
- 約9分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
心臓の弱さを医者に宣告された「自分」が、流行性感冒の猛威に脅え、極端な予防に努める。外出を控え、含嗽を欠かさず、誰もマスクをしなくなった季節まで黒いマスクを外さない。それを「文明人としての勇気」と弁解していた自分が、初夏の野球場へ向かう道で、ふとした出会いに心を動かされる。感染症の流行下に置かれた人の心の動きを、これ以上ないほど正確に写しとった短篇。
あらすじ
肥ってはいるが内臓はどれも弱い「自分」は、胃腸を壊して診てもらった医者から、心臓の弁が不完全で、流行性感冒にかかって四十度の熱が三四日も続けばまず助からないと告げられる。ちょうどそのころ流行性感冒が猛威をふるい始め、自分は感冒への恐怖にすっかり取りつかれた。外出を控え、妻や女中も出さず、朝夕に過酸化水素水で含嗽し、やむを得ず出るときはガーゼを詰めたマスクを掛ける。新聞に載る死亡者数に一喜一憂し、三千三百三十七人を頂点に減りはじめるとほっとした。三月に入って流行が衰え、誰もマスクをしなくなっても自分は外さず、病気を怖れて伝染を絶対に避けるのが文明人の勇気だと友人に弁解する。まれに停留場で黒い布に鼻口を覆う人を見つけると、同志を得たような頼もしさすら感じた。四月、五月となってさすがに自分もマスクを外した五月半ば、早稲田の野球を見に行く道で、黒いマスクを掛けた二十三四の青年に追い越される。自分はそのとき、妖怪じみた醜さと明らかな憎悪を覚えた。なぜ不快なのかを考えるうち、時候の手前できないことを平然とやってのける青年の強さに、自分が圧迫されたのだと思い至る。
登場人物
- 自分 肥ってはいるが内臓の弱い男。流行性感冒を極度に恐れる
- 医者 心臓の弁の不全を告げ、気休めをいっさい言わない
- 青年 初夏になってもマスクを掛けている二十三四の男
冒頭部(原文より)
見かけだけは肥って居るので、他人からは非常に頑健に思われながら、その癖内臓と云う内臓が人並以下に脆弱であることは、自分自身が一番よく知って居た。 ちょっとした坂を上っても、息切れがした。階段を上っても息切れがした。新聞記者をして居たとき、諸官署などの大きい建物の階段を駈け上ると、目ざす人の部屋へ通されても、息がはずんで、急には話を切り出すことが、出来ないことなどもあった。 肺の方も余り強くはなかった。深呼吸をする積りで、息を吸いかけても、ある程度迄吸うと、すぐ胸苦しくなって来て、それ以上はどうしても吸えなかった。
「マスク」菊池寛(青空文庫)
末尾部(原文より)
此の男が、不快だった第一の原因は、こんなよい天気の日に、此の男に依って、感冒の脅威を想起させられた事に違なかった。それと同時に、自分が、マスクを付けて居るときは、偶にマスクを付けて居る人に、逢うことが嬉しかったのに、自分がそれを付けなくなると、マスクを付けて居る人が、不快に見えると云う自己本位的な心持も交って居た。が、そうした心持よりも、更にこんなことを感じた。自分がある男を、不快に思ったのは、強者に対する弱者の反感ではなかったか。あんなに、マスクを付けることに、熱心だった自分迄が、時候の手前、それを付けることが、どうにも気恥しくなって居る時に、勇敢に傲然とマスクを付けて、数千の人々の集まって居る所へ、押し出して行く態度は、可なり徹底した強者の態度ではあるまいか。とにかく自分が世間や時候の手前、やり兼ねて居ることを、此の青年は勇敢にやって居るのだと思った。此の男を不快に感じたのは、此の男のそうした勇気に、圧迫された心持ではないかと自分は思った。
「マスク」菊池寛(青空文庫)
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