あいびき(ツルゲーネフ)のあらすじ・登場人物
日本の自然描写を変えた
- 恋愛
- 翻訳
- 文字数
- 9,065字
- 読了目安
- 約18分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
二葉亭四迷がツルゲーネフの連作「猟人日記」から一編を訳し、徳富蘇峰の依頼で明治21年(1888年)の「国民之友」に載せた短編。「秋九月中旬というころ、一日自分がさる樺の林の中に座していたことがあッた」——この書き出しに始まる白樺林の描写は、口語による自然描写がここまで書けるのかと当時の文学青年たちを驚かせた。国木田独歩・田山花袋・島崎藤村らが受けた衝撃を語り継いだことで、訳文でありながら日本の近代文章そのものを変えた一編として文学史に残っている。
あらすじ
秋の九月半ば、「自分」は猟犬を連れて歩くうち、樺の林の中に腰を下ろして休んでいた。小雨と晴れ間が入れかわる気まぐれな空模様のもと、木の葉のかすかなささやき、雨に濡れた細枝にきらめく日の光、地に散り敷いた落ち葉の金色——移り変わる林のようすが、しめやかな筆致で綴られてゆく。うとうとと眠って目を覚ますと、二十歩ばかり先に一人の農家の娘が、草花の束を膝に載せてうつむいて坐っていた。長い睫毛は濡れ、頬には涙の伝った痕が夕日に光っている。娘は物音がするたびに顔を上げては、また花を選り分けはじめる。やがて藪を分けて現れたのは、地主の家の甘やかされた若い従僕ふうの男だった。気のない欠伸まじりに「待ッたか?」と言い、明日には発つと告げる。娘アクーリナは、忘れないでほしい、せめて一言なにか言ってほしいと繰り返す。だが男は眼鏡を見せびらかし、ペテルブルグの文明開化を得々と語るばかりで、娘が摘んできた花束を気のなさそうに嗅いでは草の上に取り落とす。「何とか一ト言くらい……」と乞う娘に、男は「エーくどい!」と吐き捨て、泣き伏す背中を眺めると、肩をすくめて悠々と立ち去っていった。娘は跳ね起きて跡を追おうとするが足が立たない。見かねた「自分」が木蔭を躍り出ると、娘は忍び音に叫んで木の間へ駆け込み、姿を消してしまう。あとには草花だけが取り残されていた。「自分」は花束を拾って林を出る。日は低く漂い、烈しい野分に落ち葉が舞い、鳥の群が野面に散る——ああ、秋だ。帰宅してからも娘の姿は長く目の前にちらつき、持ち帰った花束は枯れたまま、今もなお秘蔵してある。
登場人物
- 自分 樺の林で休んでいた猟人。二人を木蔭から見ている
- アクーリナ 別れを告げられる農家の娘
- ヴィクトル・アレクサンドルイチ 明日発つという地主家の若い従僕
冒頭部(原文より)
このあいびきは先年仏蘭西で死去した、露国では有名な小説家、ツルゲーネフという人の端物の作です。今度徳富先生の御依頼で訳してみました。私の訳文は我ながら不思議とソノ何んだが、これでも原文はきわめておもしろいです。 秋九月中旬というころ、一日自分がさる樺の林の中に座していたことがあッた。今朝から小雨が降りそそぎ、その晴れ間にはおりおり生ま煖かな日かげも射して、まことに気まぐれな空ら合い。あわあわしい白ら雲が空ら一面に棚引くかと思うと、フトまたあちこち瞬く間雲切れがして、むりに押し分けたような雲間から澄みて怜悧し気に見える人の眼のごとくに朗かに晴れた蒼空がのぞかれた。自分は座して、四顧して、そして耳を傾けていた。
「あいびき」ツルゲーネフ(青空文庫)
末尾部(原文より)
自分はたちどまった……心細くなッてきた、眼に遮る物象はサッパリとはしていれど、おもしろ気もおかし気もなく、さびれはてたうちにも、どうやら間近になッた冬のすさまじさが見透かされるように思われて。小心なが重そうに羽ばたきをして、烈しく風を切りながら、頭上を高く飛び過ぎたが、フト首を回らして、横目で自分をにらめて、きゅうに飛び上ッて、声をちぎるように啼きわたりながら、林の向うへかくれてしまッた。鳩が幾羽ともなく群をなして勢込んで穀倉の方から飛んできたが、フト柱を建てたように舞い昇ッて、さてパッといっせいに野面に散ッた――ア、秋だ! 誰だか禿山の向うを通るとみえて、から車の音が虚空に響きわたッた…… 自分は帰宅した、が可哀そうと思ッた「アクーリナ」の姿は久しく眼前にちらついて、忘れかねた。持帰ッた花の束ねは、からびたままで、なおいまだに秘蔵してある………………
「あいびき」ツルゲーネフ(青空文庫)
名文
秋九月中旬というころ、一日自分がさる樺の林の中に座していたことがあッた。
ツルゲーネフ『猟人日記』の一篇を二葉亭四迷が訳した本文の書き出し。自然の移ろいを細やかに写した言文一致の訳文は、国木田独歩『武蔵野』をはじめ、明治の文学者の自然描写に大きな影響を与えた。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。