雑俳とは
- 分類
- 形式・ジャンル
- 読み
- ざっぱい
本格的な俳諧に対して、江戸時代に庶民の間で広まった、遊戯性の強いさまざまな形式の句作りの総称。連歌・俳諧の付句の稽古から独立した前句付を母体とし、元禄5年(1692年)ごろから前句付が単独で興行されるようになると、まもなくそこから笠付が派生し、享保(1716〜1736年)の中ごろ以後いっそう盛んになった。七・七の前句に五・七・五を付ける前句付、五文字の題に七・五を付けて一句とする笠付(冠付)、下の五文字を題として上に五・七を付ける沓付、句の頭に題の字を一字ずつ詠み込む折句などがある。笠付は京都の点者雲鼓らが興行し、主に上方で流行した。興行では点者が題を出し、会所と呼ばれる仲介者が取次所を通じて広く句を集め、点者の選んだ優秀句を刷り物にして、賞品とともに投句者へ配った。初めは正式の俳諧師が点者を務めたが、のちには専門の点者も現れた。江戸では、前句付の付句が前句から離れて一句で味わわれるようになり、柄井川柳の選句から川柳が生まれた。「雑俳」の語は、明和3年(1766年)の『続耳勝手』で前句付や笠付を指して使われたのが古い例とされる。どこまでを含めるかは辞典によって異なり、川柳を外す場合も、都々逸まで含める場合もある。明治以降は、二、三の形式を除いてほとんど行われなくなった。