美的生活を論ず(高山樗牛)のあらすじ・登場人物
本能の満足こそ至上の幸福
- 文字数
- 7,957字
- 読了目安
- 約16分
- 表記
- 旧字旧仮名
この作品について
高山樗牛の代表的評論。1901年(明治34年)、雑誌「太陽」に発表され、坪内逍遥・長谷川天渓らの批判と登張竹風の擁護が応酬する「美的生活論争」を引き起こした。樗牛はここで、道徳や知識はしょせん人間の本能の満足に奉仕する方便にすぎないと説き、人性本来の要求を満たすところにこそ真の幸福があると論じる。「美的生活」とは、糧や衣よりも優った生命と身体そのものに事えること——すなわち本能の満足に至上の価値を認める、本能主義・個人主義の宣言である。ニーチェに傾倒していた晩年の樗牛の思想が凝縮された一篇で、明治思想史に大きな波紋を投げかけた。
あらすじ
「人は神と財とに兼ね事ふること能はず」——古人の言を引きながら、樗牛は問う。美的生活とは何か。それは、糧や衣よりも優った「生命と身体」そのものに事えるものである、と樗牛は答える。彼によれば、善悪を分かつ道徳的判断も、真偽を究める知識も、それ自体が目的なのではなく、畢竟は人間の本能の満足に対して必須の方便にすぎない。ところが世の人は、その煩瑣な方便を後生大事に奉じ、道義を衒い知識を誇って、かえって人生本来の幸福を見失っている。五十年の短い生涯を、道徳や知識という迂遠な手続きのために費やして悔いぬのは愚かではないか。憫れむべきは飢えた人ではなく、麺包のほかに糧を知らぬ人であり、悲しむべきは貧しい人ではなく、富貴のほかに価値を解せぬ人である——樗牛はそう畳みかけ、人性本然の要求が満たされたところには乞食の生活にも帝王の羨む楽土があると説く。貧しき者よ憂うるなかれ、望みを失える者よ悲しむなかれ、王国は常に汝の胸にあり、その福音を解かせるものこそ美的生活である、と結ぶ。本能の満足に至上の価値を置いた、樗牛の個人主義・本能主義を高らかに宣言する評論である。
冒頭部(原文より)
一 序言 古の人曰へらく、人は神と財とに兼ね事ふること能はず。されば生命の爲に何を食ひ、何を飮み、また身體の爲に何を衣むと思ひ勞らふ勿れ。生命は糧よりも優り、身體は衣よりも優りたるものならずやと。人若し吾人の言をなすに先だちて、美的生活とは何ぞやと問はば、吾人答へて曰はむ、糧と衣よりも優りたる生命と身體とに事ふもの是れ也と。
「美的生活を論ず」高山樗牛(青空文庫)
末尾部(原文より)
嗚呼、憫むべきは餓えたる人に非ずして、麺包の外に糧なき人のみ。人性本然の要求の滿足せられたるところ、其處には、乞食の生活にも帝王の羨むべき樂地ありて存する也。悲むべきは貧しき人に非ずして、富貴の外に價値を解せざる人のみ。吾人は戀愛を解せずして死する人の生命に、多くの價値あるを信ずる能はざる也。傷むべきは、生命を思はずして糧を思ひ、身體を憂へずして衣を憂ふる人のみ。彼は生れて其の爲すべきことを知らざる也。今や世事日に劇を加へて人は沈思に遑なし、然れども貧しき者よ、憂ふる勿れ。望みを失へるものよ、悲む勿れ。王國は常に爾の胸に在り、而して爾をして是の福音を解せしむるものは、美的生活是れ也。
「美的生活を論ず」高山樗牛(青空文庫)
名文
人若し吾人の言をなすに先だちて、美的生活とは何ぞやと問はば、吾人答へて曰はむ、糧と衣よりも優りたる生命と身體とに事ふもの是れ也と。
高山樗牛の評論『美的生活を論ず』の序言。聖書の言葉を引きつつ「美的生活」を定義し、本能の満足を説く議論の入口となる。
然れども生れたる後の吾人の目的は、言ふまでもなく幸福なるにあり。幸福とは何ぞや、吾人の信ずる所を以て見れば、本能の滿足、即ち是れのみ。本能とは何ぞや、人性本然の要求是れ也。人性本然の要求を滿足せしむるもの、茲に是を美的生活と云ふ。
『美的生活を論ず』の中心となる一節。幸福を「本能の満足」と言い切った大胆な主張が際立つ。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。
同じ作家の作品
- 人生終に奈何 1891年(明治24年)6月
- 滝口入道 1894年(明治27年)4月
- 一葉女史の「たけくらべ」を読みて 1896年(明治29年)5月
- 清見寺の鐘声 1901年(明治34年)5月