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一葉女史の「たけくらべ」を読みて(高山樗牛)のあらすじ・登場人物

一葉の才をいち早く見抜いた評

高山樗牛 1896年(明治29年)5月

文字数
1,848字
読了目安
約4分
表記
旧字旧仮名

この作品について

高山樗牛が、樋口一葉の「たけくらべ」を絶讃した評論。1896年(明治29年)に書かれた。当時まだ広くは知られていなかった一葉の非凡な才を、樗牛はいち早く見抜き、「たけくらべ」を女史の傑作と称える。吉原に近い下町を舞台に、少女・美登利をはじめとする子どもたちの淡い初恋と、大人へと移りゆく日々のはかなさを描いた作品を、平淡な素材のうちに人心の幽妙を穿った名品と評し、その哀切を「吾等が懺悔録」とまで言い切る。一葉再評価の先駆けとなった、明治文芸批評の一篇である。

あらすじ

本郷台を指ヶ谷へ下る途中、丸山新町という町を通ったことのある樗牛は、一葉女史がそんな町なかに住むと聞き、やがて「にごりえ」「十三夜」「わかれ道」を読み進めるうちに、この作家をただ者ならずと驚いた。そして「たけくらべ」を読んで、女史の非凡をますます確かめる。樗牛はこの一篇を、平淡な素材を駆って人心の幽妙を穿った、「十三夜」以上の傑作と評する。正太も、三五郎も、信如も、それぞれの性格によく一致を保つが、なかでも面白いのは美登利である——樗牛はそう説き、吉原に近い五丁町の賑わいのなかで、姉の全盛を羨み、廓のことを面白く聞きなす年ごろの美登利が、やがて避けがたい運命へと歩んでゆく哀れさに、深く心を動かされる。玉のように清らかな少女の初恋が、露のようにもろく消えてゆく——「たけくらべ、あはれ床しく忍ばるゝ吾れ人の昔かな」と、樗牛はこの作を、われわれ自身の失われた少年の日をよみがえらせる「懺悔録」として読むべきではないかと結ぶ。若き樗牛の鋭い鑑賞眼が光る、一葉評価の先駆けとなった評論である。

冒頭部(原文より)

 本郷臺を指ヶ谷かけて下りける時、丸山新町と云へるを通りたることありしが、一葉女史がかゝる町の中に住まむとは、告ぐる人三たりありて吾等辛く首肯きぬ。やがて「濁り江」を讀み、「十三夜」を讀み、「わかれみち」を讀みもてゆく中に、先の「丸山新町」を思ひ出して、一葉女史をたゞ人ならず驚きぬ。是の時「めざまし草」の鴎外と、なにがし等との間に、詩人と閲歴の爭ありしが、吾等は耳をば傾けざりき。  一葉女史の非凡なることを、われ等「たけくらべ」を讀みてますます確めぬ。

「一葉女史の「たけくらべ」を読みて」高山樗牛(青空文庫)

末尾部(原文より)

 玉の如く清き少女の初戀は、あはれや露の如く脆く消えて、恐ろしき淺ましき前途の、蛇の口を開いて待ち居るとも知らで、あへなき夢を忍ぶらむ美登利の身の哀れさよ。生れにはなど變りなき人の種。十三四の友どちは、げに無邪氣なる天人の群れとも見るべくも、年經ち、心長けては、濁り江の底なき水に交りて、本の雫の珠の影だにあらず。たけくらべ、あはれ床しく忍ばるゝ吾れ人の昔かな。一葉女史が是の篇は、やがて吾等が懺悔録として見べきに非ざるか。  是れ吾等が「たけくらべ」を讀みて感ずる所なり。敢て批評とは謂はじ。

「一葉女史の「たけくらべ」を読みて」高山樗牛(青空文庫)

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