人生終に奈何(高山樗牛)のあらすじ・登場人物
二十歳の樗牛の懐疑と厭世
- 文字数
- 1,378字
- 読了目安
- 約3分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
高山樗牛が明治24年(1891年)、二十歳の頃に書いた漢文調の随想。「人生は終に奈何(いかん)」――人は名声のために生きるのか、快楽のためか、それとも無常を悟るために生まれたのか。荒れ果てた古寺の墓に人の世の空しさを見つめ、答えの出ぬ疑問に惑い続ける、青年樗牛の懐疑と厭世の情をうたった一編である。
あらすじ
「人生終に奈何」――生きて大事業を成し、死して功名を千年に残す、それで人生は尽きるのか。あるいは生前の一杯の酒を楽しむ行楽こそがすべてか、はたまた無常を悟って終わるべきなのか。著者はそのいずれにも心を惑わせる。かつて訪れた荒れ果てた古寺で、雨露に朽ちる名もなき古墳の群れを見た著者は、天を衝く大志を抱いた者も一たび死ねば苔むす塚の下に声もなく、後世に建てた碑さえ星移り世変われば土くれに帰することを思う。名が死とともに滅びるのも、千年後に滅びるのも、終りある点では同じ――ならば功名を求めるのも愚かではないか。荘子の夢、仏の寂静を引きつつ、人生を夢とみなせば迷いも悟りもひとしく夢にすぎぬと嘆じ、人は空名のために生まれたのか、行楽のために生まれたのかと問い、答えを得ぬまま、真夜中に惘然として自らを見失うのだった。
冒頭部(原文より)
人生終に奈何、是れ實に一大疑問にあらずや。生きて回天の雄圖を成し、死して千歳の功名を垂る、人生之を以て盡きたりとすべきか、予甚だ之に惑ふ。生前一杯の酒を樂しむ、何ぞ須ひん身後千載の名、人は只行樂して已まんか、予甚だ之に惑ふ。蝸牛角上に何事をか爭ふ、石火光中に此身を寄す、人は只無常を悟りて終らんか、予甚だ之に惑ふ。吁、人生終に奈何。將た人は只死するが爲に生れたるか。
「人生終に奈何」高山樗牛(青空文庫)
末尾部(原文より)
南華老人は言へらく、大覺ありて其の大夢なるを知ると。佛氏は諭すらく、離慾の寂靜は四諦を悟る所以なりと。已めよ、若し人生を以て夢となさば、迷へるも悟れるも、等しく是れ夢にあらずや。縱ひ身を觀じて岸頭籬根の草とし、命を論じて江邊不繋の船となすも、期する所は一の墓門にあらずや。生前の事業、夢中の觀の如く、死後の名聞、草露の如くんば、茫然たる吾が生、夫れ何くにか寄せん、大哀と謂はざるべけんや。嗚呼人生終に奈何。予、往を顧み來を慮り、半夜惘然として吾れ我れを喪ふ。
「人生終に奈何」高山樗牛(青空文庫)
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