五重塔(幸田露伴)のあらすじ・登場人物

塔に一生を懸けた大工の意地

作者
幸田露伴
発表
1891年(明治24年)11月
初出
国会新聞
種別
小説
ジャンル
  • 心理
舞台
  • 東京都
文字数
56,213字
読了目安
約1時間52分
表記
新字新仮名

この作品について

幸田露伴が1891年(明治24年)から翌年にかけて「国会新聞」に連載した中編小説で、格調高い文語体で知られる作者の代表作。腕はたしかだが不器用で世渡り下手ゆえ「のっそり」とあだ名される大工・十兵衛が、感応寺の五重塔造営の仕事に、恩ある兄弟子・源太と対立してまで一世一代の情熱を注ぐ。芸術家の意地と創造への執念、そして完成した塔を襲う大暴風雨の一夜を、雄渾な筆致で描ききった明治文学の金字塔である。

あらすじ

腕はたしかだが要領が悪く、いつも「のっそり十兵衛」とあだ名される大工がいた。谷中感応寺が五重塔の建立を発願すると、十兵衛はこの一世一代の大仕事を、どうしても自分の手で成し遂げたいと願う。だが塔の普請は当然、日ごろ十兵衛に目をかけてくれた腕利きの棟梁・川越源太が請け負うものと誰もが思っていた。十兵衛は恩義ある源太を差し置いてまで、感応寺の上人に自分に造らせてほしいと直訴する。義理と人情の板ばさみに苦しんだ源太は、いっそ二人で共同して造ろうと持ちかけるが、十兵衛は「一人でやらせてくれなければ意味がない」と頑として譲らない。源太の弟分・鵜の勢いの清吉は激高して十兵衛に斬りつけ傷を負わせるが、それでも十兵衛の一念は揺るがず、ついに上人は十兵衛ひとりに造営を委ねる。源太は男の意地をのみこんで一切を手伝わず見守り、十兵衛は全身全霊を塔に注ぎこんで、みごとな五重塔を完成させる。ところが落成式を前に、江戸を未曾有の大暴風雨が襲う。十兵衛は鑿をくわえて塔の上に登り、崩れるなら塔と運命を共にする覚悟で嵐と対峙する。一夜明け、町のあらゆる建物が損壊するなか、十兵衛の塔は釘一本ゆるまず板一枚剥がれずに天を衝いて聳え立っていた。上人は源太と十兵衛をともに塔上へ招き、二人の名を塔に刻んで、その労をたたえるのであった。

登場人物

人物相関図

塔をめぐって意地を競う雛形を認め、塔を委ねる本堂を建てさせた住妻。世渡り下手を嘆妻。譲歩を責める弟子闇討ちにして傷を負わせる毒づいて凶行を招くろうえんしょうにん朗円上人感応寺の住持。七十有余の老僧じゅうべえ十兵衛大隅流を修めた大工。「のっそり」と呼ばれるかわごえげんたろう川越源太郎当時に名高い番匠。感応寺の本堂を建てたおなみお浪十兵衛の妻。二十五、六。頭痛持ちせいきち清吉源太の弟子。師の無念を晴らそうとするおきちお吉源太の妻。三十前後。弟子の面倒をよく見る
人物の関係を整理した相関図(アプリ収録の図をそのまま掲載しています)

章ごとの「厳選あらすじ」

アプリでは、この作品を次の章立てで詳しく読めます(全文はアプリ内)。

  1. 一 この作品について
  2. 二 主要人物
  3. 三 主要なサブキャラクター
  4. 四 のっそりの願い出──雛形に籠めた一念
  5. 五 「汝たちの相談に任す」──長者と二人の子
  6. 六 寄生木にはなれぬ──二度の拒絶と決裂
  7. 七 池の端の仲直りと、再びの破局
  8. 八 清吉の釿──片耳を失って
  9. 九 大暴風雨の夜
  10. 十 結末──塔に刻まれた二つの名
  11. 十一 重要な設定と伏線

冒頭部(原文より)

 木理美しき槻胴、縁にはわざと赤樫を用いたる岩畳作りの長火鉢に対いて話し敵もなくただ一人、少しは淋しそうに坐り居る三十前後の女、男のように立派な眉をいつ掃いしか剃ったる痕の青々と、見る眼も覚むべき雨後の山の色をとどめて翠の匂いひとしお床しく、鼻筋つんと通り眼尻キリリと上り、洗い髪をぐるぐると酷く丸めて引裂紙をあしらいに一本簪でぐいと留めを刺した色気なしの様はつくれど、憎いほど烏黒にて艶ある髪の毛の一ト綜二綜後れ乱れて、浅黒いながら渋気の抜けたる顔にかかれる趣きは、年増嫌いでも褒めずにはおかれまじき風体、わがものならば着せてやりたい好みのあるにと好色漢が随分頼まれもせぬ詮議を蔭ではすべきに、さりとは外見を捨てて堅義を自慢にした身の装り方、柄の選択こそ野暮ならね高が二子の綿入れに繻子襟かけたを着てどこに紅くさいところもなく、引っ掛けたねんねこばかりは往時何なりしやら疎い縞の糸織なれど、これとて幾たびか水を潜って来た奴なるべし。

『五重塔』幸田露伴(青空文庫)

末尾部(原文より)

 暴風雨のために準備狂いし落成式もいよいよ済みし日、上人わざわざ源太を召びたまいて十兵衛とともに塔に上られ、心あって雛僧に持たせられしお筆に墨汁したたか含ませ、我この塔に銘じて得させん、十兵衛も見よ源太も見よと宣いつつ、江都の住人十兵衛これを造り川越源太郎これを成す、年月日とぞ筆太に記しおわられ、満面に笑みを湛えて振り顧りたまえば、両人ともに言葉なくただ平伏して拝謝みけるが、それより宝塔長えに天に聳えて、西より瞻れば飛檐ある時素月を吐き、東より望めば勾欄夕べに紅日を呑んで、百有余年の今になるまで、譚は活きて遺りける。

『五重塔』幸田露伴(青空文庫)

名文

木理美しき槻胴、縁にはわざと赤樫を用いたる岩畳作りの長火鉢に対いて話し敵もなくただ一人、少しは淋しそうに坐り居る三十前後の女

長火鉢の前の女を細部から描き起こす書き出し。塔一つに生涯を懸ける大工・のっそり十兵衛の物語を、露伴らしい典雅な文体で立ち上げる。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

近い作品