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雲(山村暮鳥)のあらすじ・登場人物

おうい雲よ ゆうゆうと

山村暮鳥 1925年(大正14年)

文字数
8,078字
読了目安
約16分
表記
旧字旧仮名

この作品について

山村暮鳥の遺稿詩集。「聖三稜玻璃」の先鋭な言語実験から一転し、平易きわまることばで自然と生をたたえる、澄みきった晩年の詩境が結晶している。表題作「雲」の「おうい雲よ/ゆうゆうと/馬鹿にのんきさうぢやないか」は、教科書でもおなじみの一節。序文に記された「詩が書けなくなればなるほど、いよいよ、詩人は詩人になる」という自省も名高い。

あらすじ

「人生の大きな峠を、また一つ自分はうしろにした」——序文で暮鳥は、たくさんの詩をかいてきたこれまでをふり返り、芸術か生活かという長年の悩みを語る。芸術のない生活はたえられない、生活のない芸術もたえられない。そして「詩が書けなくなればなるほど、いよいよ、詩人は詩人になる」「だんだんと詩が下手になるので、自分はうれしくてたまらない」と書く。収められた詩は、その言葉のとおり、飾りを削ぎ落とした短い言葉ばかりである。表題作「雲」の一群では、丘の上をゆく雲に「おうい雲よ」と語りかけ、どこまでゆくのかと問う。以下、いちめんの土、風にゆれる草、鶏、赤とんぼ、そして林檎——ありふれた事物が、ひとつひとつ名を呼ばれるようにうたわれる。「ふみつぶされたら/ふみつぶされたところで/光つてゐる林檎さ」。子どもに林檎を転がしてやり、赤い林檎の夢をいつまでも忘れるなと語りかける詩は、病と貧に苦しみぬいた詩人が最後にたどりついた、明るくやわらかな境地を伝えている。刊行を待たずに暮鳥は四十歳で世を去り、この詩集は遺稿として世に出た。

冒頭部(原文より)

  序  人生の大きな峠を、また一つ自分はうしろにした。十年一昔だといふ。すると自分の生れたことはもうむかしの、むかしの、むかしの、そのまた昔の事である。まだ、すべてが昨日今日のやうにばかりおもはれてゐるのに、いつのまにそんなにすぎさつてしまつたのか。一生とは、こんな短いものだらうか。これでよいのか。だが、それだからいのちは貴いのであらう。  そこに永遠を思慕するものの寂しさがある。

「雲」山村暮鳥(青空文庫)

末尾部(原文より)

こどもはいふ 赤い林檎のゆめをみたと いいゆめをみたもんだな ほんとにいい いつまでも わすれないがいいよ 大人になつてしまへば もう二どと そんないい夢は見られないんだ

「雲」山村暮鳥(青空文庫)

名文

おうい雲よ いういうと 馬鹿にのんきさうぢやないか どこまでゆくんだ ずつと磐城平の方までゆくんか

空の雲へ話しかけるだけの短い詩。平易な口語と土地の名だけで、のびやかな心持ちをそのまま写し取った暮鳥晩年の代表作。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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