私を語る/――(消息に代えて)――(種田山頭火)のあらすじ・登場人物
感情を偽らず生き端的に死にたい
- 文字数
- 792字
- 読了目安
- 約2分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
種田山頭火が自作の個人雑誌「三八九」の創刊号に載せた短い自己紹介の文章。五十歳を目前にした托鉢の旅人が、行乞の矛盾に疲れたこと、時代に背を向けて「愚」を守ろうとすることを、飾らない言葉で語る。末尾には「このみちや いくたりゆきし われはけふゆく」の一句が置かれ、山頭火の生き方と句作の姿勢を知る入口として読める。
あらすじ
冒頭で山頭火は、自分が五十歳になり、孔子のいう「知命」の年になったと述べる。天命はわからないが、自分の性だけは多少わかった気がするという。次に語られるのは疲れである。歩くことよりも、袈裟の陰に隠れて経を読み、供養を受ける資格がないまま施しを受ける行乞の矛盾を繰り返すことに疲れ果てたのだと告白する。世は征服と闘争の時代で、巷でラッパを吹く意力もない自分は、時代錯誤の生活に沈んで「本来の愚に帰れ、そしてその愚を守れ」と自分に言い聞かせる。そして二つの我がままな念願を挙げる。生きている間は感情を偽らず、好きなものを好きと言うこと。死ぬときは「コロリ往生」を遂げること。最後に、その境地を示す「このみちや いくたりゆきし われはけふゆく」の一句で結ばれる。
冒頭部(原文より)
私もいつのまにやら五十歳になった。五十歳は孔子の所謂、知命の年齢である。私にはまだ天の命は解らないけれど、人の性は多少解ったような気がする。少くとも自分の性だけは。―― 私は労れた。歩くことにも労れたが、それよりも行乞の矛盾を繰り返すことに労れた。袈裟のかげに隠れる、嘘の経文を読む、貰いの技巧を弄する、――応供の資格なくして供養を受ける苦脳には堪えきれなくなったのである。
「私を語る/――(消息に代えて)――」種田山頭火(青空文庫)
末尾部(原文より)
私は私自身が幸福であるか不幸であるかを知らないけれど、私の我がままな二つの念願がだんだん実現に近づきつつあることを感ぜずにはいられない。放てば手に満つ、私は私の手をほどこう。 ここに幸福な不幸人の一句がある。―― このみちや いくたりゆきし われはけふゆく (「三八九」第壱集)
「私を語る/――(消息に代えて)――」種田山頭火(青空文庫)
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