押川春浪の生涯と代表作
海底軍艦発進せよ
- 生没
- 1876–1914
- 出身
- 愛媛県
- Wikipedia
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略歴
1876年(明治9年)、愛媛県松山に、キリスト教界の指導者・押川方義の長男として生まれる。本名は方存。東京専門学校(現・早稲田大学)在学中の1900年(明治33年)に発表した「海島冒険奇譚 海底軍艦」が少年読者の熱狂的な支持を集め、一躍流行作家となった。以後も「新日本島」「東洋武侠団」など、海洋と冒険と科学空想を織りまぜた物語を次々に発表し、日本の冒険小説・空想科学小説の源流をつくった。雑誌「冒険世界」「武侠世界」の主筆として後進の作家や画家を育てる一方、スポーツ社交団体「天狗倶楽部」を結成し、野球をはじめとする運動の普及にも力を注いだ。師の巌谷小波から贈られた「春波」の号を、自ら「春浪」に改めた。1914年(大正3年)11月16日、38歳の若さで没した。
収録作品
- 海島冒険奇譚 海底軍艦 1900年(明治33年)11月
- 南極の怪事 1905年(明治38年)1月
- 黄金の腕環 1907年(明治40年)1月
- 月世界競争探検 1907年(明治40年)10月