菊池寛の名文

菊池寛の作品から、よく知られた一節を集めました。

7件

アラビヤンナイト アラジンとふしぎなランプ

昔、しなの都に、ムスタフという貧乏な仕立屋が住んでいました。このムスタフには、おかみさんと、アラジンと呼ぶたった一人の息子とがありました。

菊池寛が子ども向けに再話した『アラビアン・ナイト』のアラジンの書き出し。のらくら者の少年が、やがてふしぎなランプに出会うまでの物語。

アラビヤンナイト アリ・ババと四十人のどろぼう

そして、そのどろぼうたちのかしららしい男が、木のそばにある岩の上にのぼって行きました。そしていきなり、 「開け、ごま。」 と、大きな声でさけびました。すると、どうでしょう。その岩が、ぱっと二つにわれました。中には重そうな戸が閉まっているのが見えました。やがて、その戸は見る見るうちにすうーっと開いてゆきました。そして、どろぼうたちが、その戸の中へどかどかと入って行くと、音もなく戸が閉まってしまいました。

アリ・ババが木の上から目撃する、盗賊の宝の洞穴。「開け、ごま」の合言葉で岩が割れる、あまりにも有名な場面。

父帰る

新! 行ってお父さんを呼び返してこい。

家族を捨てた父を一度は追い返した長男賢一郎が、最後に弟へ叫ぶ言葉。憎しみを超えて肉親の情があふれ出る、一幕劇の劇的な結末。

恩讐の彼方に

いざ、実之助殿、約束の日じゃ。お切りなされい。かかる法悦の真ん中に往生いたすなれば、極楽浄土に生るること、必定疑いなしじゃ。

二十年余りをかけて岩壁を掘り抜いた了海が、仇討ちに来た実之助に討たれることを求める言葉。罪を償い終えた者の澄みきった覚悟が胸を打つ。

二人はそこにすべてを忘れて、感激の涙にむせび合うたのであった。

作品の結び。洞門の完成を前に、仇を討つ者と討たれる者が恩讐を超えて手を取り合い涙する。題名の「恩讐の彼方」が実現する場面。

真珠夫人

妾はユージットのように、戦って見たいと思うのです。

菊池寛『真珠夫人』で、瑠璃子が父に語る決意。敵将を討った旧約の女性ユディトに自らをなぞらえ、ヒロインの気概が鮮明に表れる。

大抵の男性は、女性から女性へと心を移していながら、平然と済していますのに、女性が反対に男性から男性へと、心を移すと、直ぐ何とか非難を受けなければなりませんのですもの。妾、ホセに刺し殺されるカルメンのことを考える度毎に、男性の我儘と暴虐とを、憤らずにはいられないのです。

瑠璃子夫人が信一郎に語る男性観。男の移り気は許され女だけが非難される不公平を、カルメンを引いて鋭く突く。

この作家について

菊池寛