中島敦の名文
中島敦の作品から、よく知られた一節を集めました。
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山月記
隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。
漢文調の格調高い一文で人物を語り起こす書き出し。詩人としての矜持ゆえに虎へと身を落とす李徴の悲劇を、早くも予感させる。
共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。
虎となった李徴が旧友に己の心を明かす場面。詩人としての自負と怯えを言い当てたこの一句は、人の心の比喩としてしばしば引かれる。
己の毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない。
虎となった李徴が、友との別れ際にもらす一言。泣いたとは言わずに涙を伝える抑制が、この短篇の格調を決定づけている。
人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。
虎となった李徴が、才能を磨かなかった過去を悔いる告白。有名な警句を自嘲とともに引き、努力を避けた自分の弱さを痛切に見つめる。
人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。
自分がなぜ虎になったのかを語る李徴の言葉。人は誰もが内なる猛獣を飼っており、それを御しきれなかった結果が今の姿だと悟る。
「その声は、我が友、李徴子ではないか?」
虎に襲われかけた袁傪が、草むらから聞こえた声に気づいて叫ぶ言葉。旧友との思いがけない再会が、李徴の告白を引き出してゆく。
己の中の人間の心がすっかり消えて了えば、恐らく、その方が、己はしあわせになれるだろう。だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。
虎となった李徴が、旧友に胸の内を明かす場面の言葉。人間の心を失えば楽になれると知りながら、それを何より恐れる——人間であることの切なさが凝縮された一節。
文字禍
文字の霊などというものが、一体、あるものか、どうか。
作品の書き出し。古代アッシリアを舞台に、文字を見つめすぎた老博士が文字の霊に祟られてゆく物語が、この疑問から始まる。
君やわしらが、文字を使って書きものをしとるなどと思ったら大間違い。わしらこそ彼等文字の精霊にこき使われる下僕じゃ。
文字の霊を研究する老博士が、若い歴史家に語る言葉。人が文字を使うのではなく文字に使われているという逆転の発想は、言葉と情報に囲まれた現代にも通じる。
悟浄出世
我々は現在という瞬間の上にだけ立って生きている。しかもその脚下の現在は、ただちに消えて過去となる。
『西遊記』の沙悟浄を主人公に、自分とは何かを問い続ける物語の一節。崩れやすい砂の上に立つ旅人のように、一瞬ごとに消えてゆく現在を語る。
名人伝
趙の邯鄲の都に住む紀昌という男が、天下第一の弓の名人になろうと志を立てた。
講談のような調子で主人公を紹介する書き出し。弓を極めた果てに弓を忘れる「不射之射」へ至る、飄々とした寓話が始まる。
ああ、夫子が、――古今無双の射の名人たる夫子が、弓を忘れ果てられたとや? ああ、弓という名も、その使い途も!
弓の名も用途も忘れて故郷へ戻った老名人に、人々が驚愕する結び。極致に達した者の姿を、可笑しみとともに描く。
至為は為す無く、至言は言を去り、至射は射ることなし
弓を持たずに帰ってきた紀昌が、その訳を問われて答える言葉。究極の行いは行わないこと、究極の射は射ないことだという、道家的な境地を示す。
「既に、我と彼との別、是と非との分を知らぬ。眼は耳のごとく、耳は鼻のごとく、鼻は口のごとく思われる。」
老いた紀昌の晩年の述懐。自他の区別も善悪の区別も消え、感覚さえ溶け合った境地を語り、名人の到達点を不思議な静けさで描く。
弟子
魯の卞の游侠の徒、仲由、字は子路という者が、近頃賢者の噂も高い学匠・陬人孔丘を辱しめてくれようものと思い立った。
孔子を懲らしめてやろうと乗り込む子路の登場から始まる。以後、生涯を通じて師に仕え抜く弟子の一生を描いた中島敦の力作。
これこれの役に立つから偉いというに過ぎない。孔子の場合は全然違う。ただそこに孔子という人間が存在するというだけで充分なのだ。
孔子に出会った子路が、その人物に心服するさまを描く一節。役に立つかどうかではなく、存在そのものが偉大な人間がいることを子路は知る。
善人が究極の勝利を得たなどという例は、遠い昔は知らず、今の世ではほとんど聞いたことさえ無い。なぜだ? なぜだ?
正しい者が報われない現実に、子路が憤る一節。天は何を見ているのかと問う子路のまっすぐな怒りが、師弟の物語に深い陰影を与える。
李陵
漢の武帝の天漢二年秋九月、騎都尉・李陵は歩卒五千を率い、辺塞遮虜を発して北へ向かった。
史書をなぞるような堅固な書き出し。匈奴に降った李陵、節を守った蘇武、史記を書く司馬遷の三者を対置した中島敦の遺作。
想像を絶した困苦・欠乏・酷寒・孤独を、(しかもこれから死に至るまでの長い間を)平然と笑殺していかせるものが、意地だとすれば、この意地こそは誠に凄じくも壮大なものと言わねばならぬ。
北海のほとりで一人羊を飼い、漢への節を守り続ける蘇武の姿に、李陵が驚嘆する一節。匈奴に降った自らとの対比が、李陵の苦悩をいっそう深める。