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弟子(中島敦)のあらすじ・登場人物

孔子に挑んだ若者が弟子となる

  • 歴史
  • 心理

中島敦 1943年(昭和18年)2月 「中央公論」

文字数
23,832字
読了目安
約48分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

中島敦の没後、1943年2月の「中央公論」に発表された歴史小説。『春秋左氏伝』『論語』などをもとに、孔子と弟子の子路との長い交流を描く。冒頭、学問など役に立たないと考える若い子路は、孔子を辱めようとその家へ押しかける。しかし問答を交わし、相手の人間としての大きさに圧倒され、門人となることを決める。強く心酔したからといって、師の教えがすぐ身につくわけではない。形式を嫌い、率直さを誇る子路の気質は、礼を学ぶうえでも難題となる。孔子もまた、その欠点と切り離せない美点を見つめている。漢籍の言葉を生かした格調ある文章の中に、師に叱られる気まずさや、分かったつもりになれない弟子の戸惑いが息づく。聖人と門人を遠い教訓の像にせず、互いの性格を持った人間として描くところが魅力。人を敬うことと、その人から学んで自分を変えることとの間を考えさせる一編。

あらすじ

魯の游侠の徒・仲由、字は子路は、評判の学匠・孔丘を辱めてやろうと、いでたちも猛々しく押しかける。だが孔子と問答を交わすうち、たちまちその大きさに打たれ、その場で師と仰ぐことになった。無類の率直さと武人の気性を持つ子路は、詩や礼の学問にはなじまぬながら、誰よりも純粋に師を敬愛し、孔子もまた、その無骨な弟子の美質を誰よりも深く知って愛する。孔子一行が諸国を流浪し、陳蔡の野で飢えたときも、子路は憤りながら師のそばを離れない。やがて子路は衛の国に仕え、その治績を孔子に賞されるまでになるが、衛の宮廷に太子蒯聵のクーデターが起こる。難を避けよという同門の忠告を退け、その禄を食む者はその難を避けず、と単身乱の中へ駆けつけた子路は、敵刃の下、断たれた冠の纓を結び直し、「君子は、冠を、正しゅうして、死ぬものだぞ」と叫んで斬り死にする。訃報に接した孔子は慟哭し、子路の屍が醢にされたと聞いて以後、醢を一切食膳に上せなかったという。

登場人物

冒頭部(原文より)

魯の卞の游侠の徒、仲由、字は子路という者が、近頃賢者の噂も高い学匠・陬人孔丘を辱しめてくれようものと思い立った。似而非賢者何程のことやあらんと、蓬頭突鬢・垂冠・短後の衣という服装で、左手に雄、右手に牡豚を引提げ、勢猛に、孔丘が家を指して出掛ける。

「弟子」中島敦(青空文庫)

末尾部(原文より)

魯に在って遥かに衛の政変を聞いた孔子は即座に、「柴(子羔)や、それ帰らん。由や死なん。」と言った。果してその言のごとくなったことを知った時、老聖人は佇立瞑目することしばし、やがて潸然として涙下った。子路の屍が醢にされたと聞くや、家中の塩漬類をことごとく捨てさせ、爾後、醢は一切食膳に上さなかったということである。

「弟子」中島敦(青空文庫)

名文

魯の卞の游侠の徒、仲由、字は子路という者が、近頃賢者の噂も高い学匠・陬人孔丘を辱しめてくれようものと思い立った。

孔子を懲らしめてやろうと乗り込む子路の登場から始まる。以後、生涯を通じて師に仕え抜く弟子の一生を描いた中島敦の力作。

これこれの役に立つから偉いというに過ぎない。孔子の場合は全然違う。ただそこに孔子という人間が存在するというだけで充分なのだ。

孔子に出会った子路が、その人物に心服するさまを描く一節。役に立つかどうかではなく、存在そのものが偉大な人間がいることを子路は知る。

善人が究極の勝利を得たなどという例は、遠い昔は知らず、今の世ではほとんど聞いたことさえ無い。なぜだ? なぜだ?

正しい者が報われない現実に、子路が憤る一節。天は何を見ているのかと問う子路のまっすぐな怒りが、師弟の物語に深い陰影を与える。

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