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狐憑(中島敦)のあらすじ・登場人物

最初の詩人の誕生

  • 幻想
  • 心理

中島敦 1942年(昭和17年)7月 「書き下ろし」

文字数
4,724字
読了目安
約9分
表記
旧字旧仮名
種別
小説

この作品について

「山月記」「文字禍」と同じ『古譚』四篇の一つ。スキュティアの湖上に住む部落で、弟を蛮族に殺されて以来、獣や人の霊が乗り移ったように奇怪な言葉を吐きはじめた男シャク。人びとは彼の物語に聞き惚れる。詩人という存在の誕生を、文字の生まれる以前の世界に置いて描いた寓話。

あらすじ

ネウリ部落のシャクに憑きものがしたという評判である。鷹や狼や獺の霊がのり移って不思議な言葉を吐かせるのだという。湖の浅瀬に丸太を打ち込み、その上に家を建てて住むこの湖上民のなかで、シャクはもっとも平凡な一人にすぎなかった。変になり始めたのは、去年の春、北方の遊牧民ウグリ族の襲撃で弟のデックが殺されて以来のことである。頭と右手を斬り取られた弟の屍体の傍らに茫然と立っていたシャクは、やがて弟の右手が、次いで弟自身が語り出したような譫言を吐きはじめた。……ところがその後、彼にのり移るものは弟とは無縁の存在にまで広がってゆく。湖を泳ぐ鯉が鱗族の哀しさを語り、トオラス山の隼が雄大な眺望を語り、草原の牝狼が飢えの辛さを語る。人々は珍しがって集まり、シャクもまた聴衆を期待するようになった。やがて「あれは憑きものではなくシャクが考えて喋っているのだ」と言い出す者が現れる。シャク自身にも自分の仕草の意味はわからない。ただ、想像によって自分以外のものに乗り移る面白さだけは抑えがたくなっていた。物語は日を追って巧みになり、材料は次第に周囲の人間社会へ移り、ついには部落の長老を思わせる話まで飛び出す。腹を立てた長老は策をめぐらし、シャクが村の仕事を何一つしていないことに人々の注意を向けさせた。冬が過ぎ、シャクの憑きものは落ちた。物語をせず働きもしない男を、部落は協議のうえ処分することができる。

登場人物

冒頭部(原文より)

 ネウリ部落のシャクに憑きものがしたといふ評判である。色々なものが此の男にのり移るのださうだ。鷹だの狼だの獺だのの靈が哀れなシャクにのり移つて、不思議な言葉を吐かせるといふことである。

「狐憑」中島敦(青空文庫)

末尾部(原文より)

 次の日の夕方、湖畔の焚火を圍んで盛んな饗宴が開かれた。大鍋の中では、羊や馬の肉に交つて、哀れなシャクの肉もふつ/\煮えてゐた。食物の餘り豐かでない此の地方の住民にとつて、病氣で斃れた者の外、凡ての新しい屍體は當然食用に供せられるのである。シャクの最も熱心な聽手だつた縮れつ毛の青年が、焚火に顏を火照らせながらシャクの肩の肉を頬張つた。  ホメロスと呼ばれた盲人のマエオニデェスが、あの美しい歌どもを唱ひ出すよりずつと以前に、斯うして一人の詩人が喰はれて了つたことを、誰も知らない。

「狐憑」中島敦(青空文庫)

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