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猿ヶ島(太宰治)のあらすじ・登場人物

ここはいいところだよ、と彼は言う

  • 幻想
  • 心理

太宰治 1935年(昭和10年)9月 「文學界」

文字数
5,768字
読了目安
約12分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

海を越えて着いた岩だけの島。一本の青草もなく、六尺幅の道がぐるりと一周しているだけのその島で、何が起きているのか。太宰治が二十六歳で書いた寓話的な一編で、見られる者・囲われる者の孤独と、そこから逃れようとする者の意志を描く。

あらすじ

「はるばると海を越えて、この島に着いたときの私の憂愁を思い給え」——深い霧に包まれた島で、私は裸の岩山と洞窟の黒い口をおぼろに見る。一本の青草もない。岩山の岸に沿ってよろよろと歩き、あやしい咆哮を聞きながら、道の尽きるところまで行こうと決める。だが半里も歩くと、私は再びもとの出発点に立っていた。道は岩山をぐるりとめぐっているだけで、島は思いのほか小さかったのだ。霧が晴れると、三つの峯と、そのふもとに広がる不思議な光景が見えてくる。そこには先住者がいた。私と同じ姿をした彼は、この島の暮らしに順応し、私に語りかけてくる。やがて私たちは、岩山の向こうに見えるもの——柵、砂利道、青葉、そして「人の流れ」に気づく。ここが何であるかを、二人は同時に理解する。「知るものか。知っているのは、おそらく、おれと君とだけだよ」。「なぜ逃げないのだ」「君は逃げるつもりか」「逃げる」。降りて来いよ、ここはいいところだよ、日が当るし、木があるし、水の音が聞えるし、それにだいいち、めしの心配がいらないのだよ——彼の誘いは真実に似ている。あるいは真実かも知れぬ。私は心のなかで大きくよろめくものを覚えた。けれども、山で育った私の馬鹿な血は、やはり執拗に叫ぶのだ——否! 結びの一行で、この島の正体が明かされる。「一八九六年、六月のなかば、ロンドン博物館附属動物園の事務所に、日本猿の遁走が報ぜられた」。

登場人物

冒頭部(原文より)

 はるばると海を越えて、この島に着いたときの私の憂愁を思い給え。夜なのか昼なのか、島は深い霧に包まれて眠っていた。私は眼をしばたたいて、島の全貌を見すかそうと努めたのである。裸の大きい岩が急な勾配を作っていくつもいくつも積みかさなり、ところどころに洞窟のくろい口のあいているのがおぼろに見えた。これは山であろうか。一本の青草もない。

「猿ヶ島」太宰治(青空文庫)

末尾部(原文より)

 ああ。この誘惑は真実に似ている。あるいは真実かも知れぬ。私は心のなかで大きくよろめくものを覚えたのである。けれども、けれども血は、山で育った私の馬鹿な血は、やはり執拗に叫ぶのだ。  ――否!  一八九六年、六月のなかば、ロンドン博物館附属動物園の事務所に、日本猿の遁走が報ぜられた。行方が知れぬのである。しかも、一匹でなかった。二匹である。

「猿ヶ島」太宰治(青空文庫)

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