虎狩(中島敦)のあらすじ・登場人物
京城の少年と雪山の虎
- 冒険
- 心理
- 文字数
- 24,267字
- 読了目安
- 約49分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
中島敦の短編。1934(昭和9)年に「中央公論」の懸賞に応募して選外佳作となり、1942(昭和17)年7月刊の第一創作集『光と風と夢』に収められた。中島は少年時代を日本統治下の朝鮮・京城で過ごしており、本作もその土地を舞台にする。「私」は二十年ほど前に朝鮮で体験した本物の虎狩の話を始めるが、その前にと言って、小学校で出会った友人・趙大煥の思い出を語り出す。日本語が巧みで皮肉屋の少年と、彼に気をつかいながら付き合う「私」。本題の虎狩へなかなか進まない語り口のなかに、植民地で育った少年たちの交友と、互いのあいだにある見えない隔たりが描かれていく。
あらすじ
「私」は、少年時代を過ごした朝鮮での虎狩の話をしようとして、まず友人の趙大煥のことを語る。小学五年で内地から龍山の小学校に転校した「私」は、からかってきた趙と取っ組み合い、やがて親しくなる。趙は日本語が巧みで、半島人であることを気にしないふりをしながら、実はひどく気にかけていた。二人はそろって京城の中学に進み、同じ少女にひそかに思いを寄せたこともあった。中学三年の冬の演習の夜、趙は以前から睨まれていた上級生に殴られ、漢江の河原で、強いとか弱いとかいうことは一体どういうことなんだろうと泣きながら語る。それから間もなく、趙は誰にも告げずに学校から姿を消し、ある運動に加わったとも、上海で身を持ち崩したとも噂された。その二年ほど前の正月、「私」は親に嘘をついて、趙と趙の父親たちの虎狩に加わった。雪の山中で虎の新しい足跡を見つけ、松の木の上に組んだ桟敷で夜通し待つ。うとうとしていた「私」が叫び声で目を覚ますと、雪の上で勢子が腰を抜かし、虎が迫っていた。銃声が続けざまに響いて虎は倒れる。気を失った勢子が無傷だとわかると、趙は「怪我もしていない」と足で勢子の身体を蹴り返し、「私」はその刻薄な表情に驚く。それから十五、六年後、本郷の通りで、「私」は背の高い奇妙な風体の男に会釈され、煙草をねだられる。燐寸と煙草を取り違えた理由をせかせかと説明するその男が誰なのか思い出せずにいた「私」は、薬局の飾窓をのぞく男の薄笑いを見て、それが趙大煥だと気づく。だが肩を叩こうとした瞬間、男は電車に飛び乗り、会釈を残して去っていった。
登場人物
- 私 朝鮮の龍山・京城で少年時代を過ごした語り手
- 趙大煥 小学校からの友人。皮肉屋だが神経質な半島人の少年
- 趙の父親 両班の家柄の紳士。毎年のように虎狩に出かける
- N 演習の日に趙といさかいを起こす五年生
冒頭部(原文より)
一 私は虎狩の話をしようと思う。虎狩といってもタラスコンの英雄タルタラン氏の獅子狩のようなふざけたものではない。正真正銘の虎狩だ。
「虎狩」中島敦(青空文庫)
末尾部(原文より)
所がその時、真砂町の方から来た一台の電車が停留所に停った。それを見た彼は、私の手がまだ彼の高い肩に達しない前に、そして、私の動作に一向気づきもしないで、あわただしく身を翻して、その電車の方へ走って行った。そして、ひらりと飛乗ると、車掌台から此方を向いて右手を一寸挙げて私に会釈し、そのまま、長い身体を折るようにして車内にはいって了った。電車はすぐに動き出した。かくして私は、十何年ぶりかで逢った我が友、趙大煥を、――趙大煥としての一言をも交さないで、再び、大東京の人混みの中に見失って了ったのだ。
「虎狩」中島敦(青空文庫)
原文を読む
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