ごんごろ鐘(新美南吉)のあらすじ・登場人物
村の鐘を見送る三日間
- 心理
- 文字数
- 8,707字
- 読了目安
- 約17分
- 表記
- 新字新仮名
この作品について
新美南吉の童話。1942年(昭和17)10月に有光社から出た童話集『おぢいさんのランプ』に収められた。新美の生前に刊行された唯一の童話集で、「川」「嘘」「久助君の話」「うた時計」などとともに並ぶ。戦時中の金属供出で、村の尼寺の小さな釣鐘「ごんごろ鐘」が献納されることになり、もうすぐ国民学校六年になる「僕」が、その前後の出来事を日記の形で書きとめていく。名前の由来をめぐる村の人たちの説、鐘楼の下で遊んだ思い出、別れを惜しむ老人たちの姿が、子どもの目と言葉で語られる。
あらすじ
三月八日、村会から帰った父が、尼寺のごんごろ鐘を献納することに決まったと告げる。僕は、名前の由来をめぐる木之助爺さんや紋次郎君のお婆さん、兄さんの説を書きとめ、鐘楼の下が村の子どもの溜まり場だったことを思い出す。三月二十二日、鐘を下ろす日には、老人たちまで大勢集まって別れを惜しむ。青年団長の吉彦さんの計らいで子どもたちは一人三つずつ鐘をつき、吉彦さんの最後の一打に、四方の谷も村も鳴ると老人たちがうなずく。父の話では、鐘は昔、四方の谷や遠くの村の合力を得てようやく造られたのだった。庵主さんは鐘供養をし、牛車に載せられた鐘を子どもたちは町の国民学校まで見送り、花や葉を捧げる。翌日、深谷から乳母車に乗って来た耳の遠いお爺さんが、日を間違えて鐘に別れができなかったと残念がる。子ども常会で松男君の提案が通り、僕たちは乳母車を押してお爺さんを町まで連れて行き、鐘に触れさせてから深谷まで送り届ける。夕食のとき父は、鐘はもともと深谷あたりの鐘鋳谷で鋳られたのだと話す。ラジオの戦果のニュースを聞きながら、兄さんは、古いものは新しいものに生まれかわって初めて活動するのだと言う。
登場人物
- 僕 もうすぐ国民学校六年になる村の少年。日記の書き手
- 松男君 僕の友だち。子ども常会でお爺さんを鐘に会わせようと提案する
- 吉彦さん 村の青年団長
- 庵主さん 尼寺の若い尼。鐘供養をしたいと言い出す
- 深谷のお爺さん 山の中の深谷に住む老人。鐘との別れに間に合わなかった
- 兄さん 大学に通う僕の兄
冒頭部(原文より)
三月八日 お父さんが、夕方村会からかえって来て、こうおっしゃった。 「ごんごろ鐘を献納することにきまったよ。」 お母さんはじめ、うちじゅうのものがびっくりした。が、僕はあまり驚かなかった。僕たちの学校の門や鉄柵も、もうとっくに献納したのだから、尼寺のごんごろ鐘だって、お国のために献納したっていいのだと思っていた。でも小さかった時からあの鐘に朝晩したしんで来たことを思えば、ちょっとさびしい気もする。
「ごんごろ鐘」新美南吉(青空文庫)
末尾部(原文より)
僕の眼には、爆撃機の腹から、ばらばらと落ちてゆく黒い爆弾のすがたがうつった。 「ごんごろ鐘もあの爆弾になるんだねえ。あの古ぼけた鐘が、むくりむくりとした、ぴかぴかひかった、新しい爆弾になるんだね。」 と僕がいうと、休暇で帰って来ている兄さんが、 「うん、そうだ。何でもそうだよ。古いものはむくりむくりと新しいものに生まれかわって、はじめて活動するのだ。」 といった。兄さんはいつもむつかしいことをいうので、たいてい僕にはよくわからないのだが、この言葉は半分ぐらいはわかるような気がした。古いものは新しいものに生まれかわって、はじめて役立つということに違いない。
「ごんごろ鐘」新美南吉(青空文庫)
原文を読む
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