十二月八日(太宰治)のあらすじ・登場人物
開戦の日を書きとめる妻の日記
- 心理
- 文字数
- 7,590字
- 読了目安
- 約15分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
太宰治が1942年(昭和17年)、「婦人公論」に発表した短編。太平洋戦争が始まった昭和十六年十二月八日、東京に暮らす貧しい作家の妻が、その一日を「百年後の歴史の参考に」と一念発起して日記につづる、という趣向の作品。開戦という大事件を、赤ん坊の世話や買い物、無精な夫の言動といった主婦のささやかな日常のなかから、女性の一人称でユーモラスに、そしてどこか可憐に描く。戦時下の庶民の生活を映した、太宰らしい機微に富む一編。
あらすじ
昭和十六年十二月八日——日本が英米に宣戦を布告し、大戦争のはじまった歴史的な一日を、東京の貧しい作家の妻である「私」は、いつもより丁寧に、嘘なく日記に書きとめようと決意する。ラジオが伝える開戦の大詔に、私の胸にも清く強い決意がわいてくる。だが、その大事件の一日も、幼い娘・園子の世話に追われ、配給や買い物に出かけ、無精でへらず口ばかりの夫にあきれ、といったささやかな家事の連続で過ぎていく。銭湯へ行き、暗い夜道を歩き、「僕には信仰があるから夜道もなお白昼の如しだ」などと嘯いてどんどん先に立つ夫に、私はあきれ返る。歴史的な一日の、主婦のありのままの姿を、私は日記帳に書きつけていくのだった。
登場人物
- 私(妻) 貧しい作家の妻。開戦の日の日記をつづる語り手
- 主人 無精でへらず口ばかりの作家の夫
- 園子 私と主人の幼い娘
- 伊馬さん 主人の友人
冒頭部(原文より)
きょうの日記は特別に、ていねいに書いて置きましょう。昭和十六年の十二月八日には日本のまずしい家庭の主婦は、どんな一日を送ったか、ちょっと書いて置きましょう。もう百年ほど経って日本が紀元二千七百年の美しいお祝いをしている頃に、私の此の日記帳が、どこかの土蔵の隅から発見せられて、百年前の大事な日に、わが日本の主婦が、こんな生活をしていたという事がわかったら、すこしは歴史の参考になるかも知れない。
「十二月八日」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
「お前たちには、信仰が無いから、こんな夜道にも難儀するのだ。僕には、信仰があるから、夜道もなお白昼の如しだね。ついて来い。」 と、どんどん先に立って歩きました。 どこまで正気なのか、本当に、呆れた主人であります。
「十二月八日」太宰治(青空文庫)
名文
きょうの日記は特別に、ていねいに書いて置きましょう。昭和十六年の十二月八日には日本のまずしい家庭の主婦は、どんな一日を送ったか、ちょっと書いて置きましょう。もう百年ほど経って日本が紀元二千七百年の美しいお祝いをしている頃に、私の此の日記帳が、どこかの土蔵の隅から発見せられて、百年前の大事な日に、わが日本の主婦が、こんな生活をしていたという事がわかったら、すこしは歴史の参考になるかも知れない。だから文章はたいへん下手でも、嘘だけは書かないように気を附ける事だ。
太宰治『十二月八日』(1942年)の書き出し。太平洋戦争が始まった日を、作家の妻の日記という形で書く。百年後の読み手を思い浮かべる素朴な語りが、開戦の日の家庭の空気をそのまま伝える。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。