小さいアルバム(太宰治)のあらすじ・登場人物
写真に語る半生の自嘲
- 心理
- 文字数
- 7,896字
- 読了目安
- 約16分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
1942年(昭和17年)7月、雑誌「新潮」に発表された短編。酒も金もなく、文学論にも飽きた夜、「私」は訪ねてきた客に自分のアルバムを見せ、高等学校、大学、船橋、甲府、三鷹と移ってきた半生を写真一枚ごとに語っていく。物語らしい筋はなく、自嘲と饒舌が入り混じった語り口そのものを味わう一編で、太宰が自身をどう眺めていたかをうかがう手がかりにもなる。
あらすじ
「私」は、酒も金もない夜に訪ねてきた客へ、窮余の一策としてアルバムを見せる。最初の写真は高等学校の講堂での記念撮影で、四十人の生徒のなかで、ただひとりにやりと笑っているのが十九歳の自分だった。大学時代には、松竹蒲田撮影所で映画俳優たちと並んで写ったが、田舎くさい自分だけが浮いている。船橋で病みやつれた写真は第一創作集『晩年』に、太って照れ笑いする写真は『虚構の彷徨』に使った。甲府で結婚し、三鷹に移ってからの写真は、友人に撮られた入浴姿や紋付き姿など、滑稽なものが多い。苦しいときほど馬鹿話をしたくなる性分だと語り、最後の一枚、乳母車を押す幸福そうな姿から、「つぎのペエジには、どんな写真が貼られるのでしょう」と結ぶ。
冒頭部(原文より)
せっかくおいで下さいましたのに、何もおかまい出来ず、お気の毒に存じます。文学論も、もう、あきました。なんの事はない、他人の悪口を言うだけの事じゃありませんか。文学も、いやになりました。こんな言いかたは、どうでしょう。「かれは、文学がきらいな余りに文士になった。」
「小さいアルバム」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
この写真をごらんなさい。これは最近の写真です。ジャンパーに、半ズボンという軽装です。乳母車を押していますね。これは、私の小さい女の子を乳母車に乗せて、ちかくの井の頭、自然文化園の孔雀を見せに連れて行くところです。幸福そうな風景ですね。いつまで続く事か。つぎのペエジには、どんな写真が貼られるのでしょう。意外の写真が。
「小さいアルバム」太宰治(青空文庫)
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