陰火(太宰治)のあらすじ・登場人物
四つの小品に灯る陰火
- 幻想
- 心理
- 文字数
- 13,718字
- 読了目安
- 約27分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1936年(昭和11年)4月、雑誌「文藝雑誌」に発表された、「誕生」「紙の鶴」「水車」「尼」の四章からなる作品。旧字旧仮名。北国の素封家の没落、妻の過去を知った夫の動揺、別れた男女の黄昏の道行き、夜更けに訪れる若い尼と如来という幻想的な一幕が、それぞれ短い章で並ぶ。
あらすじ
「誕生」では、北国の工場主の跡取りが、父母を亡くし、銀行の不安から工場を整理し、寺に通い、やがて娘が生まれる。「紙の鶴」では、妻の過去を知った「おれ」が、動揺をまぎらわせようと友人の部屋で折鶴を折る。「水車」では、関係を終えた男女が、夕暮れの土手を歩きながら言葉を交わせず、そのまま別れていく。「尼」では、貧しい「僕」の部屋を若い尼が訪れて泊まり、夜更けに、痩せた如来が死んだ白象に乗って現れる。如来が去ると、尼は笑いながら二寸ほどの人形になってしまう。
冒頭部(原文より)
二十五の春、そのひしがたの由緒ありげな學帽を、たくさんの希望者の中でとくにへどもどまごつきながら願ひ出たひとりの新入生へ、くれてやつて、歸郷した。鷹の羽の定紋うつた輕い幌馬車は、若い主人を乘せて、停車場から三里のみちを一散にはしつた。からころと車輪が鳴る、馬具のはためき、馭者の叱咤、蹄鐵のにぶい響、それらにまじつて、ひばりの聲がいくども聞えた。
「陰火」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
僕はふたたび蒲團へもぐつて尼を眺めた。尼は眠つたままでにこにこ笑つてゐた。恍惚の笑ひのやうでもあるし、侮蔑の笑ひのやうでもあるし、無心の笑ひのやうでもあるし、役者の笑ひのやうでもあるし、諂ひの笑ひのやうでもあるし、喜悦の笑ひのやうでもあるし、泣き笑ひのやうでもあつた。尼はにこにこ笑ひつづけた。笑つて笑つて笑つてゐるうちに、だんだんと尼は小さくなり、さらさらと水の流れるやうな音とともに二寸ほどの人形になつた。僕は片腕をのばし、その人形をつまみあげ、しさいにしらべた。淺黒い頬は笑つたままで凝結し、雨滴ほどの唇は尚うす赤く、けし粒ほどの白い齒はきつちり並んで生えそろつてゐた。粉雪ほどの小さい兩手はかすかに黒く、松の葉ほど細い兩脚は米粒ほどの白足袋を附けてゐた。僕は墨染めのころものすそをかるく吹いたりなどしてみたのである。
「陰火」太宰治(青空文庫)
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