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蛍(織田作之助)のあらすじ・登場人物

寺田屋に嫁いだ登勢の半生

  • 歴史
  • 心理

織田作之助 1944年(昭和19年)9月 「文藝春秋」

文字数
10,875字
読了目安
約22分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 京都府

この作品について

織田作之助が1944年(昭和19年)9月の「文藝春秋」に発表した短編。京と大坂を結ぶ伏見の船宿寺田屋に嫁いだ登勢の半生を描く。彦根の伯父に育てられ、自分の行く末をいつもあらかじめ諦めておく習いのついた登勢が、十八で寺田屋の伊助に嫁ぐ祝言の席に、一匹の螢が迷い込む場面から物語は始まる。中風の姑、度を越した潔癖の夫、三十石船の客や駕籠かきを相手にする船宿の切り盛りが、幕末の伏見の町を背景に語られる。坂本龍馬ゆかりの宿として知られる寺田屋のおかみを主人公に据え、長く続く文で人物の境遇を畳みかける語り口が特徴。のちに五所平之助監督の映画『螢火』(1958年)の原作となった。

あらすじ

彦根の伯父に育てられた登勢は、十八で伏見の船宿寺田屋の伊助に嫁ぐ。祝言の席に螢が迷い込み、登勢は思わず白い手を伸ばす。後妻の姑お定は頭痛と称して祝言にも出ず、間もなく中風で寝ついて登勢につらく当たり、夫の伊助は何でも汚いと拭いてまわる潔癖で、小姑の椙は芝居道楽だった。登勢は姑の世話をしながら宿を一人で切り盛りし、大阪の船宿と組んで八挺艪の速い三十石船を出して寺田屋を繁盛させる。

ある夏の夜、登勢は軒下に捨てられていた赤子を拾ってお光と名づけ、やがて自分の子の千代が生まれてもお光を可愛がる。姑は死ぬ前の日、お光を可愛がってやと言い残す。寺田屋がようやく夫婦のものになり、伊助は浄瑠璃を習いはじめる。

ところが疫病でお染を亡くした年の冬、姿を消していた椙が八年ぶりに戻り、お光は自分と五十吉の子だと明かして連れ去ってしまう。登勢は京の町医者の娘お良を養女にする。やがて寺田屋には西国の浪士が集まり、薩摩藩士の同士討ちの騒ぎで「おいごと刺せ」と叫んだ有馬の声を聞いてから、登勢は浪士たちのためにどんな親切も惜しまなくなる。薩摩屋敷に頼まれて坂本龍馬をかくまい、奉行所の手が迫った夜、湯殿から裸のまま急を知らせに走ったお良を、登勢は坂本に嫁がせて送り出す。翌年の暮れ、坂本遭難の噂に登勢は繰り返す自分の不幸を噛みしめるが、次の日にはもう明るい声で三十石の客を呼んでいた。

登場人物

冒頭部(原文より)

 登勢は一人娘である。弟や妹のないのが寂しく、生んでくださいとせがんでも、そのたび母の耳を赧くさせながら、何年かたち十四歳に母は五十一で思いがけず姙った。母はまた赧くなり、そして女の子を生んだがその代り母はとられた。すぐ乳母を雇い入れたところ、おりから乳母はかぜけがあり、それがうつったのか赤児は生れて十日目に死んだ。父親は傷心のあまりそれから半年たたぬうちになくなった。

「蛍」織田作之助(青空文庫)

末尾部(原文より)

 ところが、翌る日には登勢ははや女中たちといっしょに、あんさんお下りさんやおへんか、寺田屋の三十石が出ますえと、キンキンした声で客を呼び、それはやがて淀川に巡航船が通うて三十石に代るまでのはかない呼び声であったが、登勢の声は命ある限りの螢火のように勢いっぱいの明るさにまるで燃えていた。

「蛍」織田作之助(青空文庫)

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