石ころ(山本周五郎)のあらすじ・登場人物
石を拾う武士の真価
- 歴史
- 心理
- 文字数
- 11,456字
- 読了目安
- 約23分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 山梨県
この作品について
山本周五郎が1944年(昭和19年)、「富士」に発表した時代小説。戦場で兜首の代わりに路傍の石ころを拾ってくる変わり者の武士・多田新蔵。世評は彼を嗤い、その妻・松尾もまた夫を軽んじていた。人の真価を見抜くことの難しさを静かに描いた、山本の名短編である。
あらすじ
甲斐の古府城では、筋目ただしい家の娘たちが、代わる代わる城へあがって「信玄公の隠し草鞋」を作るならわしがあった。娘たちは、登城下城の侍たちを眺めては、誰が合戦で手柄をたてたと噂話に興じる。そのなかで、侍大将・秋山伯耆守の娘・松尾は、抜きんでて美しいがゆえに、また父の威勢ゆえに、驕慢だと陰口をたたかれ、いつも仲間はずれだった。ある日、娘たちが「多田さまは戦場で兜首の代りに石を拾って来る」と可笑しそうに笑うのを聞いて、松尾はなぜか胸がどきっとし、思わず「よくも存じあげぬ方の悪口を」と烈しくたしなめてしまう。やがて松尾はその多田新蔵に嫁ぐが、石ころを大切に手箱にしまう夫を、世評どおりの変人だと失望していた。だが、父・伯耆守の言葉が彼女の目を開く。「名も求めず、立身栄達も求めず、ただひとりの戦士として黙々とおのれの信ずる道を生きる、多田新蔵はそういうもののふなのだ」。世間の風評を嗤いながら、自分もまた夫の真実を見抜けなかった——松尾は胸を引き裂かれる思いで悔いる。屋敷へ帰り、手箱の蓋をはらうと、そこには平凡な路傍の石が幾つか。「おれはこんなのが堪らなく好きだ」という夫の声が聞こえるようだった。「あなた、……おりっぱでございます」。人の真価を見抜くことの難しさを描いた、山本の名短編である。
登場人物
- 松尾 秋山伯耆守の娘。多田新蔵の妻
- 多田新蔵 戦場で石を拾う一戦士
- 秋山伯耆守 松尾の父。侍大将
冒頭部(原文より)
晩秋の午後のひざしの明るい御隠居曲輪の繩屋の縁さきに出て、十人あまりの若い娘たちがさいぜんからかしましく囁き交わしていた。すでに葉の散りつくした桜の樹間ごしに、壕を隔てて向うがわの道をお城から下って来る侍たちがうち伴れて通るのが見える。かの女たちは今その人々を指しながら若い娘らしくそれぞれしなさだめに興じているのだった。松尾はそのなかまから離れて、独りでせっせと草鞋を作っていた。
「石ころ」山本周五郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
「あなた、……おりっぱでございます」そう呟きながら、松尾はたえかねてくくと噎びあげた……やがて良人が凱旋すれば、そこにまた石が一つ殖えることだろう。人には見えないが多くの功名と手柄を象徴する平凡な一つの石が……。
「石ころ」山本周五郎(青空文庫)
原文を読む
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