姨捨(堀辰雄)のあらすじ・登場人物
物語に憧れた少女の半生
- 歴史
- 心理
- 文字数
- 10,357字
- 読了目安
- 約21分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 京都府
- 長野県
この作品について
堀辰雄が1940年(昭和15年)7月号の「文藝春秋」に発表した短編。平安時代の『更級日記』に材を取り、作者の菅原孝標の女を思わせる「少女」の半生を、堀自身の筆で一編の物語に組み直している。上総の守だった父に伴われて東国から京へ帰った十三歳の少女は、この世にあるだけの物語を読みたいと願い、源氏の五十余巻を手に入れて夢中になる。冒頭に古今集の「わが心なぐさめかねつさらしなや」の歌を掲げ、物語にあこがれた少女が、肉親との別れや宮仕えを経て、夢と現実の隔たりを知っていく歳月を、抑えた和文調の文章でたどる。日記の挿話を生かしながら、主人公の内面に寄り添って描き直した点に、王朝ものに取り組んだ堀の特色が表れている。
あらすじ
上総の守だった父に伴われて東国から京へ帰った少女は十三歳。三条の宮の西の、木立の深い古い屋形で、少女は物語を読むことばかりを願っていた。継母が去り、乳母と、手習いの手本にしていた侍従大納言の姫君が疫病で亡くなる。悲しみのなかで、田舎から上ったおばに源氏の五十余巻を贈られた少女は、夕顔や浮舟の運命に自分を重ねて読みふけった。迷いこんだ小猫を姉と二人で飼っていると、姉は、猫が大納言の姫君の生まれ変わりだと告げる夢を見る。その猫も屋形の火事でゆくえが知れなくなり、やがて姉も、仮住まいの家で二番目の子を産んで亡くなった。二十歳のとき父が常陸の守として下り、女は父の無事を太秦に祈りに行く途中、後をつけてくる立派な男車に心を乱される。五年後、窶れて帰った父母を前に、女は自分の運命が自分の力ではどうにもならないと知りながら、なお物語の夢を手放さずにいた。勧められて一の宮に宮仕えに出るが、気苦労ばかりが多く、宮が亡くなると里に退く。姪たちに付き添って再び出仕したある時雨の夜、女は才名の高い右大弁と思いがけず言葉を交わす。男は伊勢で聞いた琵琶の思い出を静かに語り、この夜もまたなつかしく思い出されるだろうと言った。翌年の春、暁の細殿で再びその男に声をかけられた女は、「なにさまで思ひ出でけむ」と歌を返しただけで、奥へ身を隠した。やがて女は二十も年上の、前の下野の守の後妻となり、ときおり人知れず寂しい思い出し笑いを浮かべるようになる。夫が信濃の守に任ぜられると、女は父母の懇願を振り切って任国へ同行し、「私の生涯はそれでも決して空しくはなかった」と目を輝かせて、木深い信濃路へ入っていった。
登場人物
- 少女(女) 上総の守の娘。物語にあこがれ、肉親との別れや宮仕えを経て大人になっていく
- 父 上総の守、のちに常陸の守。昔気質で、老いて娘を頼りにする
- 母 昔気質の人で、夫の留守の屋形を守る
- 姉 少女とともに小猫を可愛がる。のちに子を産んで亡くなる
- 右大弁 才名の高い殿上人。時雨の夜に女と言葉を交わす
- 夫 前の下野の守で、女より二十歳年上。のちに信濃の守となる
冒頭部(原文より)
上総の守だった父に伴なわれて、姉や継母などと一しょに東に下っていた少女が、京に帰って来たのは、まだ十三の秋だった。京には、昔気質の母が、三条の宮の西にある、父の古い屋形に、五年の間、ひとりで留守をしていた。
「姨捨」堀辰雄(青空文庫)
末尾部(原文より)
或晩秋の日、女は夫に従って、さすがに父母に心を残して目に涙を溜めながら、京を離れて往った。穉い頃多くの夢を小さい胸に抱いて東から上って来たことのある逢坂の山を、女は二十年後に再び越えて往った。「私の生涯はそれでも決して空しくはなかった――」女はそんな具合に目を赫やかせながら、ときどき京の方を振り向いていた。 近江、美濃を過ぎて、幾日かの後には、信濃の守の一行はだんだん木深い信濃路へはいって往った。
「姨捨」堀辰雄(青空文庫)
原文を読む
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