雪たたき(幸田露伴)のあらすじ・登場人物
雪の夜の人違いと一管の笛
- 歴史
- 心理
- 文字数
- 28,115字
- 読了目安
- 約56分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 大阪府
この作品について
幸田露伴が1939年(昭和14年)3月・4月の「日本評論」に発表した、晩年の歴史小説。応仁の乱ののち、将軍と管領が河内の正覚寺で敗れた直後の明応二年(1493年)の冬、外国貿易で栄え、納屋衆による自治が行われていた泉州堺を舞台とする。雪の夜、ふとしたことから大家の奥へ招き入れられた正体の知れない浪人と、その家の秘密をめぐって、堺の老練な大商人が知恵を尽くす。題材は『足利季世記』の「雪タヽキノ事」によるとされる。乱世の損得と義をめぐる武士と商人の問答、漢語まじりの重厚な文体が読みどころ。
あらすじ
明応二年十二月、雪の夜の堺。浪人風の男が大家の裏の小門に下駄の雪を蹴り落とすと、音もなく門が開き、待っていた女に手を引かれて奥へ導かれる。合図の音を取り違えた召使いの誤りだった。灯を持って現れた美しい女主人は見知らぬ男に驚き、口止めの金銀を差し出すが、男はそれを退け、主人の留守に男を引き入れる女主人と、命を捨ててもと言う忠義な召使いとを嘆いて、棚の由緒ありげな笛を懐に入れて去る。笛は海外へ商いに出ている夫の秘蔵の品で、不義の証拠になりかねない。召使いは雪道を男のあとをつけて住まいを突き止め、女主人の父で納屋衆の頭株・臙脂屋の隠居に笛の取り戻しを願う。事情を察した隠居は娘を救うため、自ら男を訪ねる。男は浪人の木沢左京。隠居は世の損得や渡海商いの広い世界を語って打ち解けたのち、笛の返却を懇願するが、木沢は悪を助ける外道にはならぬと言い、夫の帰りを待って証拠を渡すと頑として拒む。そこへ若い浪人・丹下右膳が乱入し、隠居が臙脂屋の身代を差し出してもよいと言ったのに目をつけ、故管領の遺児尚慶を擁して主家の再興を図る一党の企てを明かして、軍資と引き換えに笛を渡すよう迫る。頭領の遊佐河内守ら同志も現れて頭を下げると、木沢はついに折れ、「損得にはそれがしも引廻されてござるかナ」と嘆く。まもなく一党は河内の平野の城を夜討ちで奪い、尚慶を盛り立てて勢いを取り戻す。同じ夜、臙脂屋に一つの首が投げ込まれた。堺の町人に学問諸芸を教えていた、京の公卿方の者の首であった。
登場人物
- 木沢左京 痩せた浪人。いつも「にッたり」と笑うが、損得ずくの世を憎む剛直な男。故管領家の再興を企てる一党の一人
- 臙脂屋の隠居 堺の納屋衆の頭株。福々しく老練な大商人で、娘のために笛の取り戻しに奔走する
- 女主人 臙脂屋の娘。夫が海外へ商いに出ている留守に、ひそかに男を引き入れている
- 召使いの女 女主人に仕える若い女。合図を取り違えて木沢を招き入れ、命がけで失策を償おうとする
- 丹下右膳 備前守の弟の若い浪人。血気盛んで、一党の企てを口走る
- 遊佐河内守 故管領家の再興を図る一党の頭領格
冒頭部(原文より)
上 鳥が其巣を焚かれ、獣が其窟をくつがえされた時は何様なる。 悲しい声も能くは立てず、うつろな眼は意味無く動くまでで、鳥は篠むらや草むらに首を突込み、ただ暁の天を切ない心に待焦るるであろう。獣は所謂駭き心になって急に奔ったり、懼れの目を張って疑いの足取り遅くのそのそと歩いたりしながら、何ぞの場合には咬みつこうか、はたきつけようかと、恐ろしい緊張を顎骨や爪の根に漲らせることを忘れぬであろう。 応仁、文明、長享、延徳を歴て、今は明応の二年十二月の初である。此頃は上は大将軍や管領から、下は庶民に至るまで、哀れな鳥や獣となったものが何程有ったことだったろう。
「雪たたき」幸田露伴(青空文庫)
末尾部(原文より)
「損得にはそれがしも引廻されてござるかナ。」 と自ら疑うように又自ら歎ずるように、木沢は室の一隅を睨んだ。 其後幾日も無くて、河内の平野の城へ突として夜打がかかった。城将桃井兵庫、客将一色何某は打って取られ、城は遊佐河内守等の拠るところとなった。其一党は日に勢を増して、漸く旧威を揮い、大和に潜んで居た畠山尚慶を迎えて之を守立て、河内の高屋に城を構えて本拠とし、遂に尚慶をして相当に其大を成さしむるに至った。平野の城が落ちた夜と同じ夜に、誰がしたことだか分らなかったが、臙脂屋の内に首が投込まれた。京の公卿方の者で、それは学問諸芸を堺の有徳の町人の間に日頃教えていた者だったということが知られた。
「雪たたき」幸田露伴(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。