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悟浄出世(中島敦)のあらすじ・登場人物

なぜ生きるのかを問い歩く旅

  • 幻想
  • 心理

中島敦 1942年(昭和17年)11月 「書き下ろし」

文字数
18,586字
読了目安
約37分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

中島敦が1942年(昭和17年)、作品集「南島譚」に書き下ろしで収めて発表した短編小説。「西遊記」に取材した「わが西遊記」二部作のうち、「悟浄歎異」と対をなす一編である。三蔵法師の弟子となる前の沙門・悟浄が、流沙河の底で「なぜ生きるのか」という問いにとらわれ、病のように思い悩みながら、河の底に棲むさまざまな妖怪の賢者たちを訪ね歩く。答えを求めてさまよう悟浄の魂の遍歴を、中島が自らの懐疑と重ね合わせて描いた、思索的な佳品である。

あらすじ

三蔵法師の一行に加わる前、沙門・悟浄は、流沙河の底に棲む一匹の妖怪だった。ある時から悟浄は、「自分とは何か」「なぜ生きるのか」という問いにとらわれ、まるで病のように思い悩むようになる。食欲も失せ、独り言をつぶやきながら、答えを求めて、河の底に棲む数多くの妖怪の賢者・道士たちを次々と訪ね歩く。ある者は快楽を説き、ある者は虚無を説き、ある者は現世の享楽に徹し、ある者は難解な理屈をこねる――だが、そのどれもが悟浄の渇きを癒しはしない。思索の袋小路をさまよい、心身ともに衰えはてた悟浄は、ついに夢のなかで一人の菩薩の導きを受ける。そしてその年の秋、悟浄は大唐の玄奘法師(三蔵)に出会い、その弟子となって水から出で、人間の姿を得る。天真爛漫な孫悟空、怠惰で楽天的な猪八戒とともに、新たな遍歴の旅に出た悟浄は、それでもまだ、独り言の癖と、ふっきれぬ懐疑とを抱えたままだった――。「なぜ」を問わずにいられぬ者の魂の彷徨を、中島が自らの分身のように描いた「わが西遊記」の一編である。

登場人物

冒頭部(原文より)

寒蝉敗柳に鳴き大火西に向かいて流るる秋のはじめになりければ心細くも三蔵は二人の弟子にいざなわれ嶮難を凌ぎ道を急ぎたもうに、たちまち前面に一条の大河あり。大波湧返りて河の広さそのいくばくという限りを知らず。岸に上りて望み見るときかたわらに一つの石碑あり。上に流沙河の三字を篆字にて彫付け、表に四行の小楷字あり。

「悟浄出世」中島敦(青空文庫)

末尾部(原文より)

 その年の秋、悟浄は、はたして、大唐の玄奘法師に値遇し奉り、その力で、水から出て人間となりかわることができた。そうして、勇敢にして天真爛漫な聖天大聖孫悟空や、怠惰な楽天家、天蓬元帥猪悟能とともに、新しい遍歴の途に上ることとなった。しかし、その途上でも、まだすっかりは昔の病の脱け切っていない悟浄は、依然として独り言の癖を止めなかった。 ――「わが西遊記」の中――

「悟浄出世」中島敦(青空文庫)

名文

我々は現在という瞬間の上にだけ立って生きている。しかもその脚下の現在は、ただちに消えて過去となる。

『西遊記』の沙悟浄を主人公に、自分とは何かを問い続ける物語の一節。崩れやすい砂の上に立つ旅人のように、一瞬ごとに消えてゆく現在を語る。

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