没理想論争とは

分類
その他
読み
ぼつりそうろんそう

明治24年(1891年)から翌年にかけて、坪内逍遥と森鴎外のあいだで戦わされた、芸術に理想は要るかをめぐる論争。逍遥は「早稲田文学」に始めたシェークスピア劇の注釈の連載にあたり、自分の理想や主義を持ちこまずに作品をあるがままに評したいという立場を示し、これを「没理想」と称した。シェークスピアの作品は理想を直接掲げず現象をありのままに写しているとするこの見方に対し、鴎外は自ら創刊した「しがらみ草紙」を舞台に、ドイツの哲学者ハルトマンの美学を武器として、芸術に理想は欠かせず、批評は美の理念に照らして価値を判断すべきだと反論した。逍遥も「早稲田文学」の誌面で応じ、二つの雑誌を舞台にした応酬は一年余りに及んだ。決着はつかなかったが、作品の印象を語るにとどまらない理論に基づいた批評のありようを初めて示した論争であり、日本の近代文芸批評はここに始まるとされる。なお逍遥はこの論争を境に創作から離れ、シェークスピアの翻訳と演劇の改良へ力を注いでいくことになる。

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