しがらみ草紙とは
- 分類
- 結社・団体
- 読み
- しがらみそうし
明治22年(1889年)10月、ドイツ留学から帰った森鴎外が創刊・主宰した月刊の文芸雑誌。誌名には「文壇の流れにしがらみ(堰)をかける」という気概が込められている。鴎外は西洋の近代美学を武器に旺盛な文壇批評を展開し、明治24年(1891年)から翌年にかけては坪内逍遥との間で芸術における理想の有無をめぐる「没理想論争」を戦わせた。作品をありのままに評すべきだとする逍遥(没理想)に対し、鴎外はハルトマンの美学に基づいて芸術には理想が欠かせないと論じ、近代日本の本格的な文芸批評の口火を切った。創作・翻訳の舞台でもあり、鴎外がロマン的な情趣で描いた小説『うたかたの記』(明治23年)や、アンデルセンを格調高い雅文体で移した訳『即興詩人』(明治25年〜)の連載もここに載った。明治27年(1894年)8月、鴎外の日清戦争従軍とともに全59冊で終刊し、その活動は後継の評論誌「めさまし草」へ引き継がれた。