屏風歌とは
- 分類
- 形式・ジャンル
- 読み
- びょうぶうた
屏風に描かれた絵に合わせて詠み、屏風に貼った色紙形に書き添えた和歌。唐絵の屏風に漢詩を添えたのにならい、大和絵の屏風に和歌を添えるようになったもので、9世紀後半から10世紀にかけて盛んに作られ、とくに延喜から天暦のころに栄えた。屏風は長寿を祝う算賀や裳着・入内・大嘗会などの晴れの行事のために作られることが多く、絵には四季の景物や年中行事、名所などが描かれた。四季十二か月の風物を描く月次屏風や、名所・歌枕を描く名所屏風の歌がよく知られる。歌は専門の歌人が依頼を受けて詠むのが普通で、多くは絵の中の人物の立場に立ってその心を詠んだ。紀貫之・凡河内躬恒・伊勢らが名高く、とくに貫之は『古今和歌集』の撰進後に屏風歌を数多く求められ、その大部分が家集『貫之集』に収められている。『拾遺和歌集』にも屏風歌が多い。在原業平の「ちはやぶる神代も聞かず竜田川」は、竜田川に紅葉が流れる屏風の絵を題に詠んだと『古今和歌集』の詞書にあり、のちに百人一首にも採られた。目の前の景色ではなく絵を題として詠む屏風歌は、題詠の広がりにもつながった。鎌倉時代にも、藤原家隆が入内の屏風に添えた「風そよぐならの小川の夕暮れは」のように、屏風歌は詠み継がれている。