あばばばば(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
母へと変わる女性のたくましさ
- 文字数
- 6,265字
- 読了目安
- 約13分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 神奈川県
この作品について
芥川龍之介が1923年(大正12年)、雑誌「中央公論」に発表した短編。作者の分身ともいわれる青年教師・堀川保吉を主人公とする「保吉もの」の一編である。行きつけの小さな煙草屋に、ある日から若い細君があらわれる。恥ずかしがり屋で初々しかったその女が、月日を経て子を産み、たくましい母へと変貌していくさまを、保吉のまなざしを通して淡い可笑しみとともに描く。題名の「あばばばば」は、細君が赤ん坊をあやす声。何気ない市井の風景のなかに、女性の変化と生命のたくましさを見つめた、芥川の柔らかな一面がのぞく佳品である。
あらすじ
青年教師の堀川保吉は、行きつけの小さな煙草屋兼雑貨屋に、いつのころからか若い細君の姿を見かけるようになる。以前は無愛想な眇の男が店番をしていたその店に、新しく嫁いできたらしいその女は、ひどく恥ずかしがり屋で、客の保吉と目を合わせるのもやっとという初々しさだった。保吉は買い物のたびに、彼女のうぶな様子を面白がり、また微笑ましく思う。ところがしばらく店に寄らずにいて、久しぶりに顔を出すと、細君はいつのまにか身重になっていた。やがて出産を終えた彼女は、店先で赤ん坊を高く掲げ、「あばばばば、ばあ!」と大きな声であやしている。かつてのはにかみはどこへやら、そこにいるのは、子のためなら何をも恐れぬ図々しく頼もしい「母」だった。その変わりようを目のあたりにした保吉は、思わずにやにやと笑いながら、春の空を見上げる。ささやかな日常のひとこまに、女性が母へと変わっていく生命のたくましさを見出した、芥川の温かなまなざしがにじむ短編である。
登場人物
- 堀川保吉 青年教師。作者の分身とされる
- 細君 煙草屋に嫁いだ若い女
冒頭部(原文より)
保吉はずつと以前からこの店の主人を見知つてゐる。 ずつと以前から、――或はあの海軍の学校へ赴任した当日だつたかも知れない。彼はふとこの店へマツチを一つ買ひにはひつた。店には小さい飾り窓があり、窓の中には大将旗を掲げた軍艦三笠の模型のまはりにキユラソオの壜だのココアの罐だの干し葡萄の箱だのが並べてある。
「あばばばば」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
「あばばばばばば、ばあ!」 保吉は女を後ろにしながら、我知らずにやにや笑ひ出した。女はもう「あの女」ではない。度胸の好い母の一人である。一たび子の為になつたが最後、古来如何なる悪事をも犯した、恐ろしい「母」の一人である。……保吉は歩みつづけたまま、茫然と家々の空を見上げた。空には南風の渡る中に円い春の月が一つ、白じろとかすかにかかつてゐる。……
「あばばばば」芥川龍之介(青空文庫)
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