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文房具漫談(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物

遅筆には墨を磨る手間がよい

谷崎潤一郎 1933年(昭和8年)10月 「文藝春秋」

文字数
3,930字
読了目安
約8分
表記
新字旧仮名
種別
随筆

この作品について

万年筆を使わず、日本紙のときは毛筆、西洋紙のときは鉛筆——そう決めている谷崎が、自らの筆記具と紙について語った随筆。速く書けるという万年筆の長所は、極端な遅筆の自分には何の役にも立たない。墨を磨る手間はむしろ空想の時間をやるのに都合がよい。同じ年の「陰翳礼讃」に通じる、道具を通して仕事のかたちを語る一文である。

あらすじ

私は久しい以前から万年筆を使ったことがなく、日本紙と西洋紙と二通りの原稿用紙を作っておいて、日本紙のときは毛筆、西洋紙のときは鉛筆を使うようにしている——谷崎はそう書き出す。趣味ということもあるが、私の場合はむしろ実際上の必要がそうさせたのである。万年筆は墨を磨ったり含ませたりする手間がないだけ毛筆よりずっと速く書けるはずだが、不幸にして自分にはその長所が全く役に立たない。なぜなら極端な遅筆で、一行書いては前の方を読み返し、立ち上がって室内を歩き廻り、茶を飲んだり一服吸ったりして、徐ろに考えながら後を続けるからである。だから墨を磨る手数は全然問題でなく、却って何かそういう仕事があったほうが空想の時間をやるのに都合がよい。……以下、紙と筆と墨をめぐる細かな観察が並ぶ。鉛筆は下へカーボン紙を入れて写しを取る必要のあるときに用いる。少し音がするのと抵抗が強いのと適当な鉛筆削りのないのが欠点だが、消しゴムが使え、吸取紙がいらず、机や手を汚すことが最も少ない。固くならずに安易な気持ちで筆を執るには鉛筆が一番いいようである。日本紙や毛筆は多少不経済ではあるけれども、われわれにとっては絵かきの絹や絵の具に相当する商売のもとであるから、それに金がかかるのをぐずぐず言っては冥利に尽きるというものだ、と谷崎は結ぶ。

冒頭部(原文より)

私は久しい以前から万年筆を使つたことがなく、日本紙と西洋紙と、二た通り原稿用紙を作つておいて、日本紙の時は毛筆、西洋紙の時は鉛筆を使ふやうにしてゐる。これは趣味と云ふこともあるのだが、私の場合は、寧ろ実際の上の必要が然らしめたのである。

「文房具漫談」谷崎潤一郎(青空文庫)

末尾部(原文より)

 日本紙や毛筆を使ふと、多少不経済ではあるが、われわれに取つては絵かきの絹や絵の具に相当する商売のもとでゞあるから、それに金がかゝるのをぐづぐづ云つては、冥利につきると云ふものである。況んや絹や絵の具に比べて、比較にならぬ安価な物たるに於てをやである。

「文房具漫談」谷崎潤一郎(青空文庫)

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