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文壇昔ばなし(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物

明治大正文壇の素顔を谷崎が語る

谷崎潤一郎 1959年(昭和34年)11月 「コウロン」

文字数
9,803字
読了目安
約20分
表記
新字新仮名
種別
随筆

この作品について

晩年の谷崎潤一郎が、紅葉・鏡花・秋声ら明治大正の作家たちとの縁を、短い章を重ねて語る文壇回想。鏡花と鳥鍋を囲んだ話、藤村への好き嫌い、編集者滝田樗陰との原稿料のやりとり、生田長江が白樺派へ放った論戦と長江の病をめぐる挿話まで、同時代の素顔が生き生きと並ぶ。

あらすじ

谷崎潤一郎が昭和三十四年に、若い頃に見聞きした文壇の人々を、「○」で区切った短い章で思い出すままに語る。徳田秋声に「紅葉が生きていたら可愛がられただろう」と言われた話から始まり、紅葉を心から崇拝した泉鏡花の師匠びいきを述べる。紅葉の亡くなった明治三十六年の団菊の死に触れ、巌谷小波に一度会っただけで、江見水蔭や漱石には会い損ねたことを記す。鏡花、里見弴、芥川と鳥鍋を囲んだとき、用心深い鏡花が仕切りを置いても谷崎が食べてしまった話、東京生まれの作家に島崎藤村を嫌う人が多かった話が続く。後半は『中央公論』の編集長滝田樗陰の思い出が中心で、人力車で原稿を頼みに来た様子、原稿料の前借りに金時計を渡された出来事、小山内薫との喧嘩、晩年に谷崎の作を厳しく批評した手紙を語る。最後に、大正五年に生田長江が白樺派を攻撃した論争と、長江の病を巡る仲間たちの反応を、谷崎の見方とともに書き留める。

登場人物

冒頭部(原文より)

 昔、徳田秋声老人が私にいったことがあった、「紅葉山人が生きていたら、君はさぞ紅葉さんに可愛がられたことだろうな」と。紅葉山人の亡くなったのは明治三十六年で、私の数え年十八歳の時であるが、私が物を書き始めたのはそれから約七年後、明治四十三年であるから、山人があんなに早死にをしなかったら、恐らく私は山人の門を叩き、一度は弟子入りをしていただろうと思う。

「文壇昔ばなし」谷崎潤一郎(青空文庫)

末尾部(原文より)

長江の亡くなったのは昭和十一年、今から二十三年前であるが、あの時のあのお嬢さんはどうしておられるであろうかと、この頃でもときどき思い出すことがある。

「文壇昔ばなし」谷崎潤一郎(青空文庫)

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