カーライル博物館(夏目漱石)のあらすじ・登場人物
霧の倫敦に哲人の家を訪う
- 文字数
- 6,821字
- 読了目安
- 約14分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
ロンドン留学中の見聞をもとにした小品。1905年(明治38年)1月、雑誌「学燈」に発表され、初期短編集『漾虚集』に収められた。テムズ河のほとりチェルシーに残る思想家トマス・カーライルの旧居を訪ね、案内の婆さんの説明を聞きながら、騒音を逃れて屋根裏に書斎を築いた哲人の暮らしを偲ぶ。「倫敦塔」と対をなす漱石の英国もので、ユーモアと寂寥とが同居する一篇。
あらすじ
毎日のように川を隔ててチェルシーの霧を眺めていた「余」は、ある朝ついに橋を渡り、有名な庵を叩く。カーライルが北の田舎から出て探しに探した末に見つけた、四階建ての真四角な家である。五十恰好の肥った婆さんが名簿を出し、慣れきった口調で室内の絵画や器具を一々説明してゆく。裏の窓から首を出しても、カーライルが書き残した茂る葉も碧の野原も見えず、鉛色の空が胃病やみのように垂れているばかり。三階には彼の寝台と、バケツを大きくしたような風呂桶があった。四階の屋根裏は、洋琴や犬や鶏の声を逃れるため二千円を投じて築いた「天に近き一室」である。ところがその静寂の書斎で、彼はまた別の音に悩まされることになる。
登場人物
- 余 倫敦に留学中の日本人。チェルシーにあるカーライルの旧居を訪ねる語り手
- カーライル チェルシーの哲人と呼ばれた英国の思想家。この家に多年住んだ
- 案内の婆さん 五十恰好の肥った女。名簿を出し、手慣れた口調で家じゅうを説明する
冒頭部(原文より)
公園の片隅に通りがかりの人を相手に演説をしている者がある。向うから来た釜形の尖った帽子を被ずいて古ぼけた外套を猫背に着た爺さんがそこへ歩みを佇めて演説者を見る。演説者はぴたりと演説をやめてつかつかとこの村夫子のたたずめる前に出て来る。二人の視線がひたと行き当る。演説者は濁りたる田舎調子にて御前はカーライルじゃないかと問う。いかにもわしはカーライルじゃと村夫子が答える。
「カーライル博物館」夏目漱石(青空文庫)
末尾部(原文より)
カーライルが麦藁帽を阿弥陀に被って寝巻姿のまま啣え煙管で逍遥したのはこの庭園である。夏の最中には蔭深き敷石の上にささやかなる天幕を張りその下に机をさえ出して余念もなく述作に従事したのはこの庭園である。 余は婆さんの労に酬ゆるために婆さんの掌の上に一片の銀貨を載せた。ありがとうと云う声さえも朗読的であった。一時間の後倫敦の塵と煤と車馬の音とテームス河とはカーライルの家を別世界のごとく遠き方へと隔てた。
「カーライル博物館」夏目漱石(青空文庫)
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