アプリで読む

無料・登録不要

作物の批評(夏目漱石)のあらすじ・登場人物

批評家は教師のごとき尺度を捨てよ

夏目漱石 

文字数
6,439字
読了目安
約13分
表記
新字新仮名

この作品について

批評家のあるべき姿を論じた漱石の評論。学校の教師が自分の専門で他を裁くことに例え、評家が一つの趣味で作家を採点する弊害を指摘する。文学の批評には批評すべき条項を明らかにして、融通を利かせる必要があると説く。評論家としての漱石の考えがよくわかる短い文章である。

あらすじ

学校では各教師が専門の学問だけを教えるべきだが、英語の教師が英語の尺度で他の課目まで罵倒すれば、迷惑するのは学生である。漱石は評家をこの教師に似ていると言う。作家が出す答案は多様なのに、評家は一本調子の趣味で採点し、気に入らない作を落第にする。例として、劇の三統一を破るシェイクスピア、構成の比例を欠く戯曲、日本の芝居、十返舎一九、メリメ、デフォーを挙げ、それぞれ別の見方で評価すべきだと言う。評家は文学とは何かを調べ、批評すべき条項を備えたうえで、自分の趣味の及ばない部分は点を付けず遠慮しなければならない。過去の文学から得た法則は参考にすぎず、尺度は伸縮自在でなければならない。作家は造物主であり、白い烏を作るかもしれず、それを烏と認める見識が評家には必要である。漱石は自分は評家ではないが、未来の文運のために言うと結ぶ。

冒頭部(原文より)

 中学には中学の課目があり、高等学校には高等学校の課目があって、これを修了せねば卒業の資格はないとしてある。その課目の数やその按排の順は皆文部省が制定するのだから各担任の教師は委託をうけたる学問をその時間の範囲内において出来得る限りの力を尽すべきが至当と云わねばならぬ。

「作物の批評」夏目漱石(青空文庫)

末尾部(原文より)

 したがってこれらの人に対して不平はなおさらない。だから余の云う事は自己の作物のためでない事は明かである。余はただ吾邦未来の文運のために云うのである。

「作物の批評」夏目漱石(青空文庫)

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品