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茶の間はガラあき(坂口安吾)のあらすじ・登場人物

戦争の掛け声と空の茶の間

坂口安吾 1952年(昭和27年)1月 「読売新聞」

文字数
1,479字
読了目安
約3分
表記
新字新仮名
種別
随筆

この作品について

昭和27年1月17日の読売新聞に載った、坂口安吾の短い時評。朝鮮戦争のさなか、第三次世界大戦を語りながら「和戦両様の構え」でいる茶の間の庶民と、戦争への掛け声ばかり強める政府や学者との落差を指摘する。原爆を落とされた日本だけが戦争のカケゴエをメガホンで上げ、茶の間はパチンコ屋に入りびたる、という皮肉な結びが印象に残る。

あらすじ

第三次世界大戦があるか、ないかは、どこの家庭でも話題になるが、茶の間の結論はおおむね「和戦両様の構え」である。政府や政党の構えはむしろ戦争一本槍に見え、茶の間のほうがよほど、本当に戦争をするつもりなのかと質したがっている。二大強国の頭首も平和への歩み寄りに努めており、一触即発の事態は理性的にはどこにもない。第三次大戦はすでに朝鮮で始まっているともいえるが、原爆が落ちずに済み、戦争を遠慮する気風が育つ可能性もある。原子爆弾をじかに受けた日本だけが、戦争へのカケゴエをメガホンで強めている。そうして日本の茶の間はガラあきになり、パチンコ屋に入りびたりになっている、と筆者は結ぶ。

冒頭部(原文より)

第三次世界戦争があるか、ないか。いつ起るか。どこのウチの茶の間の話も、日に一度ぐらいはそれにふれずにいられないような昨今である。そして、どこの茶の間の結論も、要するに「和戦両様の構え」らしい。

「茶の間はガラあき」坂口安吾(青空文庫)

末尾部(原文より)

すくなくとも、両大国の話し合いの様子から、茶の間の旦那はそう考えて希望をもつ。そして和戦両様に構えるのである。ところが本当に原子バクダンのお見舞いをうけたのは日本だけのはずであるが、その国では戦争のカケゴエがメガホンづきになるばかりであるから、その国の茶の間は次第にガラあきになってパチンコ屋に入りびたり、という昨今であるらしい由である。

「茶の間はガラあき」坂口安吾(青空文庫)

原文を読む

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