鎮魂歌(原民喜)のあらすじ・登場人物
死者の嘆きに応えて生きよ
- 文字数
- 28,701字
- 読了目安
- 約57分
- 表記
- 新字新仮名
- 舞台
- 広島県
この作品について
原民喜が1949年(昭和24年)、「群像」に発表した散文詩。広島で被爆した体験を、代表作「夏の花」とはまた異なる、絶唱ともいうべき詩的な言葉で結晶させた作品である。死者たちの無数の嘆きに支えられて生き延びた「僕」が、その嘆きに応えるためにこそ生きよ、と自らに言い聞かせながら、廃墟のかなたに死者たちの面影を見つめ、堪えがたい生に堪えようとする。原爆文学の頂点のひとつに数えられる、痛切な鎮魂の言葉である。
あらすじ
「自分のために生きるな、死んだ人たちの嘆きのためにだけ生きよ」――被爆の惨禍を生き延びた「僕」の意識のなかを、美しい言葉や想念が、死者たちの嘆きとともに絶え間なく流れてゆく。焼跡を歩き、傷ついた兵隊を支え、火と水のあいだをさまよった恐ろしい日々。胃袋に一粒の米粒もなく、透きとおるようになった身体で、それでも「僕」の足は「僕」を支えて歩きつづけた。生きてゆくことができるのかと星空に問いかける「僕」を生かしておいてくれたのは、無数の死者たちの嘆きだった。彼らは星であり、花であり、久しい昔から知っているものだった。「僕」は、その嘆きに貫かれながら、還る場所を失い、世界から突き離されてなお、堪えて堪えて堪えてゆくことに堪えようとする。そして――明日、太陽は再びのぼり、花々は地に咲きあふれ、小鳥たちは晴れやかに囀るだろう。「地よ、地よ、つねに美しく感動に満ちあふれよ」。死者への鎮魂と、なお生きようとする者の祈りとを、原民喜が痛切な散文詩に昇華させた、原爆文学の絶唱である。
冒頭部(原文より)
美しい言葉や念想が殆ど絶え間なく流れてゆく。深い空の雲のきれ目から湧いて出てこちらに飛込んでゆく。僕はもう何年間眠らなかったのかしら。僕の眼は突張って僕の唇は乾いている。息をするのもひだるいような、このふらふらの空間は、ここもたしかに宇宙のなかなのだろうか。
「鎮魂歌」原民喜(青空文庫)
末尾部(原文より)
嘆きよ、嘆きよ、僕をつらぬけ。還るところを失った僕をつらぬけ。突き離された世界の僕をつらぬけ。 明日、太陽は再びのぼり花々は地に咲きあふれ、明日、小鳥たちは晴れやかに囀るだろう。地よ、地よ、つねに美しく感動に満ちあふれよ。明日、僕は感動をもってそこを通りすぎるだろう。
「鎮魂歌」原民喜(青空文庫)
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