廃墟から(原民喜)のあらすじ・登場人物
被爆後の村で聞いた君が代
- 文字数
- 14,250字
- 読了目安
- 約28分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 広島県
この作品について
原民喜が、広島の被爆のあとを描いた短編。被爆後に八幡村へ移った「私」の疎開先の暮らしと、重傷者や死者、尋ね人の話、そして終戦の知らせまでを淡々と綴る。同じ作者の「夏の花」に続く、被爆後の日々の記録として読まれる。
あらすじ
八幡村へ移った当初、私はまだ元気で、負傷者を車に乗せて病院へ連れて行き、配給ものを受け取りに出歩いていた。借りた農家の離れには蠅が群れ、小さな姪の首の火傷にも蠅がとまって動かない。家の奥には重傷者がいて、夕方に妙な譫言が聞こえ、間もなく念仏の声に変わる。亡くなった人の話はいくつも転がっている。ある日、診察室の隣から「羊羹をおくれ」という声が聞こえ、別の日には、ラジオから「君が代」が流れているのに気づく。戦争が終わったと知り、「もう少し早く戦争が終ってくれたら」という言葉が、その後みんなで繰り返される。後半では、広島では誰かが絶えず人を捜している、という挿話が語られる。
冒頭部(原文より)
八幡村へ移った当初、私はまだ元気で、負傷者を車に乗せて病院へ連れて行ったり、配給ものを受取りに出歩いたり、廿日市町の長兄と連絡をとったりしていた。そこは農家の離れを次兄が借りたのだったが、私と妹とは避難先からつい皆と一緒に転がり込んだ形であった。牛小屋の蠅は遠慮なく部屋中に群れて来た。小さな姪の首の火傷に蠅は吸着いたまま動かない。姪は箸を投出して火のついたように泣喚く。蠅を防ぐために昼間でも蚊帳が吊られた。顔と背を火傷している次兄は陰鬱な顔をして蚊帳の中に寝転んでいた。庭を隔てて母屋の方の縁側に、ひどく顔の腫れ上った男の姿――そんな風な顔はもう見倦る程見せられた――が伺われたし、奥の方にはもっと重傷者がいるらしく、床がのべてあった。夕方、その辺から妙な譫言をいう声が聞えて来た。あれはもう死ぬるな、と私は思った。それから間もなく、もう念仏の声がしているのであった。亡くなったのは、そこの家の長女の配偶で、広島で遭難し歩いて此処まで戻って来たのだが、床に就いてから火傷の皮を無意識にひっかくと、忽ち脳症をおこしたのだそうだ。
「廃墟から」原民喜(青空文庫)
末尾部(原文より)
混み合う電車に乗っていても、向うから頻りに槇氏に対って頷く顔があります。ついうっかり槇氏も頷きかえすと、「あなたはたしか山田さんではありませんでしたか」などと人ちがいのことがあるのです。この話をほかの人に話したところ、見知らぬ人から挨拶されるのは、何も槇氏に限ったことでないことがわかりました。実際、広島では誰かが絶えず、今でも人を捜し出そうとしているのでした。 (昭和二十二年十一月号『三田文学』)
「廃墟から」原民喜(青空文庫)
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