永遠のみどり(原民喜)のあらすじ・登場人物
五年後の郷里を歩く旅
- 文字数
- 11,208字
- 読了目安
- 約22分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 広島県
- 東京都
この作品について
原民喜が晩年に書いた短編で、作者が1951年(昭和26年)に自ら命を絶ったのち、遺稿の一つとして世に出た。戦後、東京・吉祥寺の下宿に移った作家の「彼」が、日本ペンクラブの「広島の会」に加わるため、原爆から五年たった郷里へ向かう旅を描く。生活の行き詰まりにおびえながらも、春の樹木の芽吹きに心を慰められる日々から、倉敷の妹一家、亡き妻の実家、復興しつつある広島の兄弟たちのもとへと旅は続く。各地で出会う人々と風景がおだやかな筆致でつづられ、ノートに記した詩や片仮名の詩句が文中に置かれて、題名の「みどり」が作品全体を淡く彩っている。
あらすじ
神田の出版社の一室を立ち退くことになった作家の「彼」は、年少の友人たちに「これからさき、どうして生きて行くのだらう」と噂されながら、吉祥寺の下宿の二階に移る。広島の土地を売った金はあと三、四か月分しか残っていない。それでも春の樹木の芽吹きは彼を慰め、彼は郷愁に駆られて、日本ペンクラブの「広島の会」に同行しようと決める。少年向けの本の仕事の話も舞い込み、心がわずかに弾む。昨年の夏から、二十二歳のタイピストのU嬢が彼の心を揺すぶっていた。
倉敷では妹とその娘たちにもてなされ、亡き妻の郷里にも立ち寄って、広島の兄の家に着く。兄は原爆症かどうかわからない皮膚の痒みに悩み、シベリアから還った弟夫婦が裏の物置部屋に住んでいた。ペンクラブの一行とともにバスで市内を巡り、ガスタンクに残る原爆の光線の跡や産業奨励館の残骸を見る。「広島の会」のサインブックには、とっさに「水ヲ下サイ」と書いた。
兄弟四人がそろった夜、鼬が路を横切り、翌日には罹災後に暮らした八幡村への道を歩いて雲雀の声を聞く。亡妻の墓に参り、姉の家では、少年の頃に死別した姉の写真を借りようとするが、台紙から剥がせずにあきらめる。眠れない夜、「水ヲ下サイ」の言葉が夢魔のように彼を呻吟させ、彼は帰京してからそれを詩に書いた。出発の朝、兄は父が彼の名義にしていた株券を売ってやろうと言う。東京は雨だった。久しぶりに訪ねたU嬢は濃い緑のドレスを着ており、彼は少年時代の広島の五月を思いふける。
登場人物
- 彼 広島で被爆した作家。妻と死別し、吉祥寺の下宿で暮らしに追い詰められながら、郷里への旅に出る
- U嬢 二十二歳のタイピスト。戦時中は挺身隊にいた娘で、彼の心を揺すぶる存在
- 兄 広島・幟町に住む長兄。皮膚の痒みに悩み、彼の名義の株券を売ってやろうと言う
- 妹 倉敷に住む妹。娘たちと彼をもてなす
- M 日本ペンクラブの作家。彼を「広島の会」に誘う
冒頭部(原文より)
梢をふり仰ぐと、嫩葉のふくらみに優しいものがチラつくやうだつた。樹木が、春さきの樹木の姿が、彼をかすかに慰めてゐた。吉祥寺の下宿へ移つてからは、人は稀れにしか訪ねて来なかつた。彼は一週間も十日も殆ど人間と会話をする機会がなかつた。外に出て、煙草を買ふとき、「タバコを下さい」といふ。喫茶店に入つて、「コーヒー」と註文する。日に言葉を発するのは、二ことか三ことであつた。だが、そのかはり、声にならない無数の言葉は、絶えず彼のまはりを渦巻いてゐた。 水道道路のガード近くの叢に、白い小犬の死骸がころがつてゐた。春さきの陽を受けて安らかにのびのびと睡つてゐるやうな恰好だつた。誰にも知られず誰にも顧みられず、あのやうに静かに死ねるものなら……彼は散歩の途中、いつまでも野晒しになつてゐる小さな死体を、しみじみと眺めるのだつた。これは、彼の記憶に灼きつけられてゐる人間の惨死図とは、まるで違ふ表情なのだ。
「永遠のみどり」原民喜(青空文庫)
末尾部(原文より)
十日振りに帰つてみると、東京は雨だつた。フランスへ留学するEの送別会の案内状が彼の許にも届いてゐた。ある雨ぐもりの夕方、神田へ出たついでに、彼は久振りでU嬢の家を訪ねてみた。玄関先に現れた、お嬢さんは濃い緑色のドレスを着てゐたので、彼をハツとさせた。だが、緑色の季節は吉祥寺のそこここにも訪れてゐた。彼はしきりに少年時代の広島の五月をおもひふけつてゐた。
「永遠のみどり」原民喜(青空文庫)
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