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沙漠の花(原民喜)のあらすじ・登場人物

沙漠であり旅人でありまた駱駝

原民喜 1949年(昭和24年)

文字数
956字
読了目安
約2分
表記
新字旧仮名
種別
随筆

この作品について

堀辰雄から送られた詩集「牧歌」を手にした原民喜が、憧れる文体について、そして自らの行く末について書きつけた掌篇。「私は自分で自分に感動できる人間になりたい」と願い、リルケの最後の言葉を引き、フローベールの「私自身が沙漠であり、同時に旅人であり、駱駝なのです」という一節に鞭打たれる。自死の一年余り前、「私の途は既に決定されてゐるのではあるまいか」と静かに記された一文が残る。

あらすじ

堀辰雄から「牧歌」という署名入りの美しい本が届いた。遠くから敬愛するばかりでまだ一度も会ったことのないその人の小作品集は、荒涼としたなかに咲いている花のように思われた。読みながら、原はふと文体について考えさせられる。明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながらきびしく深いものを湛えた文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体——自分はこんな文体に憧れている。だが結局、文体はそれをつくりだす心の反映でしかないのだろう。……読者は四、五人あればいいと考えながら、では自分自身は自分の読者なのだろうかと自問し、以前の作品を読み返してみる。心をこめて書いたものは、やはり自分を感動させることができるようだった。リルケが最後の「悲歌」を書き上げたときの言葉を引き、こういうことがいえる日が来たらどんなにいいだろうかと思う。書きたいものを書き上げたら早くあの世に行きたい——そう友人に話したところ、奥野信太郎から「死んではいけませんよ」と電話がかかってきた。心配してもらえたのはうれしかった。作品を書くことのほかに何も人生から期待していないフローベールの手紙が心を鞭打つ。持ち歩いている「マルテの手記」の余白に、原はこう書き込んだ。昭和廿四年秋、私の途は既に決定されているのではあるまいか、と。

冒頭部(原文より)

 堀辰雄氏から「牧歌」といふ署名入りの美しい本を送つて頂いた。私は堀さんを遠くから敬愛するばかりで、まだ一度もお目にかかつたことはないのだが、これは荒涼としたなかに咲いてゐる花のやうにおもはれた。この小作品集を読んでゐると、ふと文体について私は考へさせられた。

「沙漠の花」原民喜(青空文庫)

末尾部(原文より)

 昔から、逞しい作家や偉い作家なら、ありあまるほどゐるやうだ。だが、私にとつて、心惹かれる懐しい作家はだんだん少くなつて行くやうだ。私が流転のなかで持ち歩いてゐる「マルテの手記」の余白に、近頃かう書き込んでおいた。昭和廿四年秋、私の途は既に決定されてゐるのではあるまいか。荒涼に耐へて、一すぢ懐しいものを滲じますことができれば何も望むところはなささうだ。

「沙漠の花」原民喜(青空文庫)

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