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第二芸術論について(坂口安吾)のあらすじ・登場人物

形式ではなく詩魂の問題

坂口安吾 1947年(昭和22年)12月 「詩学」

文字数
1,713字
読了目安
約3分
表記
新字旧仮名

この作品について

桑原武夫が俳句を「第二芸術」と論じて話題になった「第二芸術論」を受けて、坂口安吾が昭和22年末に雑誌「詩学」に寄せた短い評論。安吾は同論を直接読んでいないと断りつつ、俳句も短歌も詩の一つの形式にすぎず、問題は形式ではなく詩魂の有無だと述べる。短文ながら、安吾の芸術観の筋が通った一編である。

あらすじ

青年たちから、俳句や短歌は芸術かと問われた筆者は、桑原武夫の「第二芸術論」を読んでいないが、第一芸術と第二芸術という分類そのものが理解できないという。俳句も短歌も十七字、三十一字の詩であって、芭蕉も啄木も、自分に合う詩形を選んだだけの本来の詩人だった。奇妙なのは、日本では詩としてではなく俳句、短歌として独立し、俳人や歌人が詩人ではない点だと指摘する。型だけを知って詩魂を知らない者が多いのが問題である。他方、自由詩だけが本当の詩だとする考えも、実は自分流の限定にすぎない。バラッドやソネットを試す自由も、限定の中で情意を尽くすことも妨げられない。結局、問題は詩の本質を解する詩魂の有無であり、主知派か抒情派かといった枠にこだわることはない、というのである。

冒頭部(原文より)

近ごろ青年諸君からよく質問をうけることは俳句や短歌は芸術ですかといふことだ。私は桑原武夫氏の「第二芸術論」を読んでゐないから、俳句や短歌が第二芸術だといふ意味、第二芸術とは何のことやら、一向に見当がつかない。

「第二芸術論について」坂口安吾(青空文庫)

末尾部(原文より)

俳句も短歌も私小説も芸術の一形式なのである。たゞ、俳句の極意書や短歌の奥儀秘伝書に通じてゐるが、詩の本質を解さず、本当の詩魂をもたない俳人歌人の名人達人諸先生が、俳人であり歌人であつても、詩人でない、芸術家でないといふだけの話なのである。

「第二芸術論について」坂口安吾(青空文庫)

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