太宰治情死考(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
死に方より作品がすべて
- 文字数
- 4,715字
- 読了目安
- 約9分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
昭和23年6月の太宰治の死の直後に、同じ無頼派の仲間であった坂口安吾が雑誌「オール読物」に書いた追悼的な随筆。新聞の太宰像への反発から始まり、力士や碁打ちの話を挟みつつ、芸道に生きる者は常に戦争のなかにあると論じる。太宰の情死を、体をなさない悪あがきとして受け止め、作品がすべてだと結ぶ。同時代の作家による率直な太宰評として読まれる。
あらすじ
新聞は太宰の月収や飲み代を並べ立てるが、筆者の知る太宰はカストリを飲まなかった。話は相撲取りの三根山、新川とのフグをめぐるやりとりに移り、さらに双葉山や呉清源がジコーサマに入門したことへの考察に至る。勝負の世界の人間は、一般の人から見れば非常識であっても、その魂は常に嵐のなかで戦っている。文士もまた芸人であり職人で、常時が戦争である芸道の人は特攻隊のように生きているのだと筆者は言う。そのうえで太宰の情死については、筋の通らない死であり、女に惚れて死んだとは思えず、泥酔の末の悪あがきにすぎなかっただろうと見る。小説が書けなくなったという遺書も一時的なメランコリーにすぎず、それでも仕事を残した以上、死に方の珍妙さはそっとしておくがよいと述べ、作品がすべてだと結ぶ。
冒頭部(原文より)
新聞によると、太宰の月収二十万円、毎日カストリ二千円飲み、五十円の借家にすんで、雨漏りを直さず。
「太宰治情死考」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
太宰の自殺は、自殺というより、芸道人の身もだえの一様相であり、ジコーサマ入門と同じような体をなさゞるアガキであったと思えばマチガイなかろう。こういう悪アガキはそッとしておいて、いたわって、静かに休ませてやるがいゝ。 芸道は常時に於て戦争だから、平チャラな顔をしていても、ヘソの奥では常にキャッと悲鳴をあげ、穴ボコへにげこまずにいられなくなり、意味もない女と情死し、世の終りに至るまで、生き方死に方をなさなくなる。こんなことは、問題とするに足りない。作品がすべてゞある。
「太宰治情死考」坂口安吾(青空文庫)
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