努力論(幸田露伴)のあらすじ・登場人物
努力に二種あり、露伴の人生論
- 文字数
- 164,351字
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- 約5時間29分
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この作品について
幸田露伴が1912年(大正元年)に著した修養書。努力を「直接の努力」と「間接の努力」に分け、成功も不如意も心の取りようで変わると説いて、読者に勇健な気を勧める。「惜福・分福・植福」の幸福三説をはじめ、運命と人力、自己の革新、修学の標的、疾病、気の話まで、東洋の教養に裏打ちされた露伴の人生論が展開される。長く読み継がれ、のち岩波文庫にも収められた。
あらすじ
努力には、準備となる間接の努力と、当面の直接の努力があり、努力が報われないのは、方向が悪いか間接の努力が欠けているからだと露伴は説く。本書は、運命と人力の関係、着手のしかた、自己の革新、そして幸福を保つための「惜福(福を使い尽くさない)」「分福(福を人に分ける)」「植福(福の種をまく)」の三説を語る。さらに努力の堆積、修学の標的、凡庸な資質と卓絶した事功、物に接する心がまえ、四季と身体、疾病、静光動光、進潮退潮、気の話へと、修養のさまざまな局面を、東洋の古典と日常の例をひきながら論じ、心の取りようひとつで陰惨な思いを離れ、のびのびと勢いよく生きられると勧める。
冒頭部(原文より)
自序 努力は一である。併し之を察すれば、おのづからにして二種あるを觀る。一は直接の努力で、他の一は間接の努力である。間接の努力は準備の努力で、基礎となり源泉となるものである。直接の努力は當面の努力で、盡心竭力の時のそれである。
「努力論」幸田露伴(青空文庫)
末尾部(原文より)
此書は今を距る三十餘年前に於て、其前半は村上氏の需に應じ、其後半は伊東氏の請に因つて起草したものであつた。主意は當時の人〻の功を立て業を成さんと欲するあまりに、不如意のこと常に七八分なる世に在りて、徒らに自ら惱み苦みて、朗らかに爽やかなる能はざる多きを悲み、心の取りかた次第にて、然樣に陰慘なる思のみを持たずとも、陽舒の態を有して、のび/\と勢よく日を送り、樂しく生を遂げ得べきものをと、聊か筆墨を鼓して、苦を轉じて樂と爲し、勇健の意氣を以て懊惱焦燥の態度を拂拭せんことを勸めたまでゞあつた。
「努力論」幸田露伴(青空文庫)
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