二葉亭追録(内田魯庵)のあらすじ・登場人物
もし存命ならと友が惜しむ
- 文字数
- 8,624字
- 読了目安
- 約17分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
「二葉亭が存命だったら」という問いから始まる、内田魯庵の二葉亭四迷論。ロシア革命に立ち会わせたかったという想像を糸口に、近代思想を理解しながら旧い国士的形気を捨てられなかった「旧人」二葉亭、長生きしても悶え抜いたであろう性格、そして「失敗の英雄」としての一生を、四つの断章で論じる。
あらすじ
内田魯庵が二葉亭四迷を四つの断章で論じた回想的評論。第一「二葉亭が存命だったら」では、もし二葉亭がロシア革命に立ち会っていたらどうしたかを想像し、権力の信仰を捨てられず革命党を見縊っていた二葉亭が、面食らいつつも大変動を目撃してほしかったと惜しむ。第二「二葉亭は実は旧人」では、ロシア文学の先駆的紹介者でありながら、幼時から魏叔子や陸宣公で鍛えた頭が近代自由思想を容れきれず、心の底から近代人になれなかった「旧人」だったと分析する。第三「二葉亭は長生きしても終生煩悶の人」では、疑いこそ哲学だと説いた二葉亭が、常に現状に満足できず悶えから悶えへと藻掻き通す存在であって、長生きしても「満足」や「解決」は見出せなかったろうとする。第四「二葉亭は失敗の英雄」では、詩人や小説家が国務大臣にもなる西洋と違い、こういう国に生まれた二葉亭の不運を説き、『浮雲』も『其面影』も『平凡』も未完成の出来損ないだと率直に評しつつ、日本に早く生まれすぎた失敗の英雄として位置づける。
登場人物
- 二葉亭四迷(ふたばていしめい) 本名・長谷川辰之助。ロシア文学の先駆的紹介者。近代思想を理解しながら旧い国士的形気を捨てられなかった。
- 内田魯庵(うちだろあん) 著者。二葉亭と二十年来交わった親友。
- 坪内逍遥(つぼうちしょうよう) 初めから劇や小説を生涯の仕事とする決心で起った異数の人として引かれる。
- 徳冨蘆花(とくとみろか) 「我は小説家たるを恥とせず」と宣言した文人の一例として言及される。
冒頭部(原文より)
一 二葉亭が存命だったら 二葉亭が存命だったら今頃ドウしているだろう? という問題が或る時二葉亭を知る同士が寄合った席上の話題となった。二葉亭はとても革命が勃発した頃まで露都に辛抱していなかったろうと思うが、仮に当時に居合わしたとしたら、ロマーノフ朝に味方したろう乎、革命党に同感したろう乎、ドッチの肩を持ったろう? 多恨の詩人肌から亡朝の末路に薤露の悲歌を手向けたろうが、ツァールの悲惨な運命を哀哭するには余りに深くロマーノフの罪悪史を知り過ぎていた。
「二葉亭追録」内田魯庵(青空文庫)
末尾部(原文より)
正直にいったら『浮雲』も『其面影』も『平凡』も皆未完成の出来損ないである。あの三作で文人としての名を残すのは仮令文人たるを屑しとしなくてもまた遺憾であったろう。 結局二葉亭は日本には余り早く生れ過ぎた。もし欧羅巴だったら小説家としても相応に優遇され、二葉亭もまた文人たるを甘んずる事が出来たであろう。
「二葉亭追録」内田魯庵(青空文庫)
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