為文学者経(内田魯庵)のあらすじ・登場人物
遊んで暮したくば文学者となれ
- 風刺
- 文字数
- 5,172字
- 読了目安
- 約10分
- 表記
- 新字旧仮名
この作品について
「遊んで暮すが御執心ならば、直ちにお宗旨を変へて文学者となれ」——内田魯庵が「文学者となる法」に収めた痛烈な戯文。お経の体裁を借りて、当世の文学者がいかに楽をして俗物に持ち上げられているかを、これでもかと並べ立てる。明治文壇への容赦ない諷刺であると同時に、魯庵の啖呵の切れ味を味わう一編である。
あらすじ
「棚から落ちる牡丹餅を待つ者よ、唐様に巧みなる三代目よ、浮木をさがす盲目の亀よ」——冒頭から罵倒とも呼びかけともつかぬ言葉が畳みかけられ、「惣て世間一切の善男子、若し遊んで暮すが御執心ならば、直ちにお宗旨を変へて文学者となれ」と結ばれる。魯庵の言う文学者とは、フィヒテの説く高尚な学者ではなく、当世の「通仕込の御作者様方」のことである。彼らは俗物を斥罵しながら、その俗物の渇仰によって生きている。俗物の信心こそ御作者様方の生命であり、俗物の鑑賞を辱うするのが一期の栄誉なのだから、これを非難するのは当世の文学を知らぬ者だ、と魯庵は皮肉る。以下、当世の文学者がいかに楽な商売か、天変地異を笑って済ませ、社会人事を茶にしてしまい、神の特別な贔屓を受けて自然に催眠にかかっていられるかが、経文めいた調子で説かれてゆく。「文学者なる哉、文学者なる哉」。そして「我れ三文字屋金平夙に救世の大本願を起し」と名乗り、一切の善男善女をことごとく文学者たらしめようと、この「為文学者経」を説くのだと宣言する。銀価の下落を心配する苦労性も、月給の減額に気を揉む神経先生も、来たってこの説法を聴聞し、しかるのち文学者となれ——と。
冒頭部(原文より)
棚から落ちる牡丹餅を待つ者よ、唐様に巧みなる三代目よ、浮木をさがす盲目の亀よ、人参呑んで首縊らんとする白痴漢よ、鰯の頭を信心するお怜悧連よ、雲に登るを願ふ蚯蚓の輩よ、水に影る月を奪はんとする山猿よ、無芸無能食もたれ総身に智恵の廻りかぬる男よ、惣て世間一切の善男子、若し遊んで暮すが御執心ならば、直ちにお宗旨を変へて文学者となれ。
「為文学者経」内田魯庵(青空文庫)
末尾部(原文より)
右から見ても左から見ても文学者は最幸最福なる動物なり。我が抜苦与楽の説法を疑ふ事なく一図に有がたがツて盲信すれば此世からの極楽往生決して難きにあらず。銀価の下落を心配する苦労性、月給の減額に気を揉む神経先生、若くは身躰にもてあます食もたれの豚の子、無暗に首を掉りたがる張子の虎、来つて此説法を聴聞し而してのち文学者となれ。
「為文学者経」内田魯庵(青空文庫)
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