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かくれんぼ(斎藤緑雨)のあらすじ・登場人物

本心を隠し合う遊里の駆け引き

  • 恋愛
  • 風刺

斎藤緑雨 1891年(明治24年)7月 「文学世界」

文字数
8,230字
読了目安
約16分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

斎藤緑雨が1891年(明治24年)7月、春陽堂の叢書『文学世界』第六巻として刊行した短編小説。主人公の山村俊雄は、大切に育てられ、遊び慣れない青年である。芝居見物の帰りに、食事だけと言われて連れていかれた酒席で、芸者の小春を紹介される。差し出された盃にも戸惑い、相手が部屋を出た隙に食べ物を口へ運ぶ俊雄の仕草を、語り手がからかうように描く。文語の文章と人物の会話が、句切りを少なくして続く文体が特徴だ。芝居の人物や出来事への言及、漢語と俗語の取り合わせ、言葉の音を受けた冗談が、酒席の勢いを作っている。恋の当事者の気持ちだけでなく、取り持つ人や同席者の口ぶりにも目が向けられる。相手にどう見られるかを気にする青年と、座の扱いに慣れた人々とを、会話の応酬の中で描いた花柳小説である。

あらすじ

世間知らずのお坊ちゃん育ちの青年が、遊里・花柳界に足を踏み入れる。はじめは右も左も分からぬ初心な様子だったが、やがて遊びを覚え、幾人もの芸者と関わりを持つようになる。芸者たちの思わせぶりな媚びや駆け引き、金を目当てにしたやり取りに翻弄されながらも、青年は色と恋の世界へずるずると深入りしていく。惚れた腫れたと言い交わす人々の姿は、まるで子どもの「かくれんぼ」のように、互いに本心を隠し合い、相手の腹を探り合う戯れにすぎない。緑雨は、花柳界に生きる者たちの虚栄と打算、そして恋のはかなさを、突き放した皮肉と諧謔をもって軽妙に描き出す。込み入った筋立てよりも、会話の妙と文体の洒脱さで読ませる、江戸戯作の伝統を近代に受け継いだ花柳小説である。

冒頭部(原文より)

 秀吉金冠を戴きたりといえども五右衛門四天を着けたりといえども猿か友市生れた時は同じ乳呑児なり太閤たると大盗たると聾が聞かば音は異るまじきも変るは塵の世の虫けらどもが栄枯窮達一度が末代とは阿房陀羅経もまたこれを説けりお噺は山村俊雄と申すふところ育ち団十菊五を島原に見た帰り途飯だけの突合いととある二階へ連れ込まれたがそもそもの端緒一向だね一ツ献じようとさされたる猪口をイエどうも私はと一言を三言に分けて迷惑ゆえの辞退を、酒席の憲法恥をかかすべからずと強いられてやっと受ける手頭のわけもなく顫え半ば吸物椀の上へ篠を束ねて降る驟雨酌する女がオヤ失礼と軽く出るに俊雄はただもじもじと箸も取らずお銚子の代り目と出て行く後影を見澄まし洗濯はこの間と怪しげなる薄鼠色の栗のきんとんを一ツ頬張ったるが関の山、梯子段を登り来る足音の早いに驚いてあわてて嚥み下し物平を得ざれば胃の腑の必ず鳴るをこらえるもおかしく同伴の男ははや十二分に参りて元からが不等辺三角形の眼をたるませどうだ山村の好男子美しいところを御覧に供しようかねと撃て放せと向けたる筒口俊雄はこのごろ喫み覚えた煙草の煙に紛らかしにっこりと受けたまま返辞なければ往復端書も駄目のことと同伴の男はもどかしがりさてこの土地の奇麗のと言えば、あるある島田には間があれど小春は尤物介添えは大吉婆呼びにやれと命ずるをまだ来ぬ先から俊雄は卒業証書授与式以来の胸躍らせもしも伽羅の香の間から扇を挙げて麾かるることもあらば返すに駒なきわれは何と答えんかと予審廷へ出る心構えわざと燭台を遠退けて顔を見られぬが一の手と逆茂木製造のほどもなくさらさらと衣の音、それ来たと俊雄はまた顫えて天にも地にも頼みとするは後なる床柱これへ凭れて腕組みするを海山越えてこの土地ばかりへも二度の引眉毛またかと言わるる大吉の目に入りおふさぎでござりまするのとやにわに打ちこまれて俊雄は縮み上り誠恐誠惶詞なきを同伴の男が助け上げ今日観た芝居咄を座興とするに俊雄も少々の応答えが出来夜深くならぬ間と心むずつけども同伴の男が容易に立つ気色なければ大吉が三十年来これを商標と磨いたる額の瓶のごとく輝るを気にしながら栄えぬものは浮世の義理と辛防したるがわが前に余念なき小春が歳十六ばかり色ぽッてりと白き丸顔の愛敬溢るるを何の気もなく瞻めいたるにまたもや大吉に認けられお前にはあなたのような方がいいのだよと彼を抑えこれを揚ぐる画策縦横大英雄も善知識も煎じ詰めれば女あっての後なりこれを聞いてアラ姉さんとお定まりのように打ち消す小春よりも俊雄はぽッと顔赧らめ男らしくなき薄紅葉とかようの場合に小説家が紅葉の恩沢に浴するそれ幾ばく、着たる糸織りの襟を内々直したる初心さ小春俊雄は語呂が悪い蜆川の御厄介にはならぬことだと同伴の男が頓着なく混ぜ返すほどなお逡巡みしたるがたれか知らん異日の治兵衛はこの俊雄今宵が色酒の浸初め鳳雛麟児は母の胎内を出でし日の仮り名にとどめてあわれ評判の秀才もこれよりぞ無茶となりける

「かくれんぼ」斎藤緑雨(青空文庫)

末尾部(原文より)

 観ずれば松の嵐も続いては吹かず息を入れてからが凄まじいものなり俊雄は二月三月は殊勝に消光たるが今が遊びたい盛り山村君どうだねと下地を見込んで誘う水あれば、御意はよし往なんとぞ思う俊雄は馬に鞭御同道仕つると臨時総会の下相談からまた狂い出し名を変え風俗を変えて元の土地へ入り込み黒七子の長羽織に如真形の銀煙管いっそ悪党を売物と毛遂が嚢の錐ずっと突っ込んでこなし廻るをわれから悪党と名告る悪党もあるまいと俊雄がどこか俤に残る温和振りへ目をつけてうかと口車へ腰をかけたは解けやすい雪江という二十一二の肌白村様と聞かば遠慮もすべきに今までかけちごうて逢わざりければ俊雄をそれとは思い寄らず一も二も明かし合うたる姉分のお霜へタッタ一日あの方と遊んで見る知恵があらば貸して下されと頼み入りしにお霜は承知と呑み込んで俊雄の耳へあのね尽しの電話の呼鈴聞えませぬかと被せかけるを落魄れても白い物を顔へは塗りませぬとポンと突き退け二の矢を継がんとするお霜を尻目にかけて俊雄はそこを立ち出で供待ちに欠伸にもまた節奏ありと研究中の金太を先へ帰らせおのれは顔を知られぬ橋手前の菊菱おあいにくでござりまするという雪江を二時が三時でもと待ち受けアラと驚く縁の附際こちらからのように憑せた首尾電光石火早いところを雪江がお霜に誇ればお霜はほんとと口を明いてあきるること曲亭流をもってせば半ばかりとにかく大事ない顔なれど潰されたうらみを言って言って言いまくろうと俊雄の跡をつけねらい、それでもあなたは済みまするか、済まぬ済まぬ真実済まぬ、きっと済みませぬか、きっと済みませぬ、その済まぬは誰へでござります、先祖の助六さまへ、何でござんすと振り上げてぶつ真似のお霜の手を俊雄は執らえこれではなお済むまいと恋は追い追い下へ落ちてついにふたりが水と魚との交を隔て脈ある間はどちらからも血を吐かせて雪江が見て下されと紐鎖へ打たせた山村の定紋負けてはいぬとお霜が櫛へ蒔絵した日をもう千秋楽と俊雄は幕を切り元木の冬吉へ再び焼けついた腐れ縁燃え盛る噂に雪江お霜は顔見合わせ鼠繻珍の煙草入れを奥歯で噛んで畳の上敷きへ投りつけさては村様か目が足りなんだとそのあくる日の髪結いにまで当り散らし欺されて啼く月夜烏まよわぬことと触れ廻りしより村様の村はむら気のむら、三十前から綱では行かぬ恐ろしの腕と戻橋の狂言以来かげの仇名を小百合と呼ばれあれと言えばうなずかぬ者のない名代の色悪変ると言うは世より心不めでたし不めでたし

「かくれんぼ」斎藤緑雨(青空文庫)

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